雑踏の誘惑(1)
いつごろからなのかわかりませんんが、私はアジア的な雑踏に非常に強く惹か
れています。進学の為に上京して、私が一番興奮したのが神保町と秋葉原だっ
たことに関係があるのかもしれません。また、やはりそのころから中国という
国にもずっと惹かれ続けてきました。拳法や料理や言葉など、一種の趣味と言
えるかもしれません。

こういうのを「怪我の功名」というのかもしれませんが、事故の臨時収入があっ
たので、3泊4日で香港に行って来ました。香港というところは、むろん中国
です。そして街全体が雑踏です。今回が初めてなのですが、以前からいろいろ
読んだりしているせいで、知識だけはふんだんにあります。また中国語もいさ
さか知っています。ただし、以前に私が勉強したのは普通話(北京語)なので、
今回は付け焼き刃で2ヶ月間広東語を独習しました。基本の会話のうち、旅行
で使いそうなフレーズを繰り返してテープで聞いてまねをするのですが、結果
的には、自分でも驚くほど使えました。ホテル以外はほぼ100%広東語で通すこ
とができたことが、今回の旅行で一番うれしかったことでした。

実は今回の旅行は結婚15周年という意味もあったので、ホテルはまあ一流と言
われているシェラトンにしました。パッケージツアーなのですが、私は「観光」
というものに興味がないのでホテルと航空券だけのセットです。したがって、
「慕情」の舞台も、水上レストランも、高級ブランドショップも、むろんタイ
ガーバウムガーデンも、おみやげも高級レストランも一切わかりません。すべ
ての時間を使って雑踏の中をひたすら歩き回っていたのです。そういうわけで、
来年行かれるという甲斐さんのお役にはとても立ちそうもない旅行記になりそ
うです。

雑踏の誘惑(2)
香港のほとんどすべての地名には広東語と英語の名前があります。ですから日
系のデパートが集合している「銅鑼湾」は、多く言われている「コーズウエイ
ベイ」と読むべきか「トンローワン」と広東読みするべきか、あるいは無理矢
理「どらわん」と日本読み(誰も使いませんが)か迷いますが、現地の人もい
ろいろに言っているようで、そのアバウトなところが逆にいいのだとも言えま
す。MTRという立派な設備の地下鉄がありますが、このせかせかした業務と
颯爽とした女性の声のアナウンスが私は大変気に入りました。このアナウンス
でも次の地名、例えば「尖沙咀」を言うのに広東語で「ヅィムサーヅイ」とい
う感じで発音した後、同じ声で「チム・サー・チョイ」と英語で読む中国名
(ここには英語名はないので)と読み分けています。今回は乗り物関係の話で
す。

では、誰にも役に立たない情報を・・・。旅行ガイドに書いてあるようにMT
Rはすべて自動改札です。旅行者はパスポートを見せると25HK$(今回は
1HK$=14円程度でした)のカードを購入できます。尖沙咀(チムサーチョイ)
と中環(セントラル/ゾンワン)はいわば新旧の2大中心地ですが、この区間
が7.5HK$ですから、25HK$あれば他の主な場所をざっと見ることができます。
困ったのはこれを使い切って1回券を買おうとした時のことです。今の7.5HK$
もそうですが、この半端が問題なのです。

普通に考えれば、これは1/2ドルですから50セントで、実際英国人はそのよう
に考えているらしいのですが、実態は違います。1HK$=1蚊(マン、口語)また
は1元(ユィン、文語)で、その1/10は1毫(ハウオジないしはホウ)で、仮に
50セントのコインの場合は「伍毫」と書いてあります。この額を香港人が言う
時は「7個5(チャッゴ・ン)」という筈です(確信はないが)。

話を戻しますが、では7.5HK$が2人だから15HK$出せば・・・という訳には行
かないのです。なぜなら1.一回券は窓口で売ってくれない。2.自動販売機
ではおつりは出ないし、料金ボタンを先に押す方式。3.ドル(蚊)単位の両
替はできるが毫単位の両替はできない。ポケットにはドルのコインしかない、
さて、どうしましょう?意外にもこの解決策を発見したのは妻でした。まず、
7.5の料金ボタンを押す、コインを次々に入れる、機械が減算していくが、8
ドル入れるとカードが1枚出る、日本人ならここで残りの7ドルを入れたくな
りますが、そうではなく、また7.5の料金ボタンを押す、残りのコインを入れ
る、こんどは残が0になって2枚目が出る、と、こういう方式なのです。

さて、ここからが香港方式のハイライトなのですが、では1人で0.5ドル余っ
てしまった場合はどうするのか、です。答は、そこで待っていて次の人が入れ
る筈の5毫を横取りして持っていく(むろん双方の了解のもとに)のです。今
回小型バス以外のすべての交通機関に乗ったのですが、トラム(香港サイドだ
けにある2階建て電車、後乗り前降り、1.2HK$)と2階建てバス(前乗り後降
り、1.4HK$)は運転手が料金を徴収するのに、やはりおつりをくれないで乗客
同士で解決する方式です。さすがに私にもそこまでの度胸はないので、おつり
を損してしまいました。これに対してスターフェリー(尖沙咀と中環を1.7HK$
で結ぶ)は、額がぴったりでない人は、違う場所に並べばちゃんと人間がおつ
りをくれます。

雑踏の誘惑(3)
食についての話題を避けるわけにも行きませんが、今回は相手も相手なので、
路上の屋台というわけにもいかず、しかも量が入らないので、本当にくやしい
思いをしました。だって3日目の朝なんかホテルの「English Breakfast」を
食べたんだよ!もう悔しくて悔しくて(ギリギリ←はぎしり)。というのは、
私としては、朝は粥麺(ジョクミン)、昼は飲茶、夜は餐廰(チャーンテン:
レストラン)と、とにかく頭から足の先まで中華料理に浸り切って帰るつもり
だったのですが・・・まあ、今度は相手を選んで行きましょう。

それでもできるだけのことはしました。1日目の夜は尖沙咀の「翠園酒家」で
400HK$の套餐(トウチャーン:セットメニューのこと)、2日目の朝は新世界
中心地下の「翠景粥麺」でおかゆ、昼は銅鑼湾、時代廣場(タイムズスクエア)
10Fの「聘珍楼海鮮酒家」で飲茶、夜は佐敦(ジョーダン)近くの、日本で言
えば吉野屋の感じの「焼鵞大王」で焼叉とローストチキンを飯に乗せたものを
食べました。3日目は朝がホテル(ギリギリ←はぎしり)、昼が中環(セント
ラル)「陸羽茶室」で飲茶、夜は「あまり食べたくない」というので、再度
「翠景粥麺」で麺を食べました(ギリギリ←はぎしり)。

全体として豪華なディナーがないので、安かったのはまあよかったのですが、
行ってみたい店が残ってしまいました。逆に長年の念願が叶ったのが「陸羽茶
室」の飲茶で、これはもう15年くらい前からずっと思っていて、陸羽茶室の点
心類に関する本を持っているくらいです。格調ある店内には大英帝国の香港の
雰囲気が強く残っています。従業員は老人が多く広東語以外は一切話しません。
味もいかにも昔のままで、カードも使えません。内容は全く違いますが、今は
ない人形町の「大勝軒」を思い出してしまいました。と言っても、ここはテー
ブルの伝票に印をつける方式で注文しますし、一応写真入りのメニューも用意
していますので気後れさえしなければ、なんの心配も要りません。

「陸羽茶室」は少し違いますが、標準的な飲茶について書いておきます。多く
の餐廰でやっていますが、基本的には11時から15時くらいのものです。よくわ
からなければ「可唔可以飲茶?」と書いて見せるか「やむちゃOK?」と聞け
ば完全に通じるでしょう。席に着くとまず「やむまっえーちゃ?」(ついに第
二水準にない漢字が出た。なんのお茶にしますか、という意味です)と聞かれ
ます。字のごとく、本来は茶を飲むわけですからお茶は有料です。普耳茶(ま
た出た、耳はさんずいつきです)が普通で「ぽーれい」と言います。私は香り
のいい烏龍茶の「水仙」(そいしん)を好んでいます。観光客にはジャスミン
茶:香片(ひょんぴん)が多く出されているようです。お茶をついでもらった
ら指先でテーブルをトントンとたたいてお礼する、などと本には蘊蓄が載って
います。私もやってみましたが、老人の給仕が感銘を受けた様子はありません
でした。

本を買うくらいですから点心(でぃんさむ)についての蘊蓄もあるのですが、
これはまあ写真入りのメニューで選ぶのが無難でしょう。ワゴンに乗せて店内
を回っている方式の場合、おばちゃんにせいろの中を見せてくれるよう頼んで
みてください。指さして「べいぐぉたいはー」(見せてください)、要れば
「いうにーご」(ちょうだい)要らなければ「むごい、むっさいら」(ごめん、
要りません)と言って、一人あたり2〜3個のせいろをとれば満腹でしょう。
ちなみにこの3つは買い物でも通用しますのでぜひ覚えてください。お茶はだ
んだん煮詰まって濃くなってきます。遠慮なくお代わりのお湯を頼んでくださ
い。ポットのふたをずらしておくのが合図です。

勘定はすべて席でします。お店によっては、カーストにも似た厳密な階級制度
があるようですから、給仕ではなく身なりのいいマネージャ風な人に合図して、
やってきたら「まいたん」と言えばすべてわかります。こちらが外国人なので、
たいがい金額を紙に書いてくれます。お茶も1品として、1品15〜35HK$程度、
2人で200HK$も食べれば、しばらくは動けないでしょう。どのお店で何時に飲
茶をやっているか知りたければ、尖沙咀のスターフェリー乗り場にある香港観
光協会に行って無料の公式ガイド(1冊150ページ程度×4の立派なものです)
をもらってください。日本でも出張所に電話すれば300円で送ってくれます。

雑踏の誘惑(4)
さて、本題の雑踏ですが、やはりこれは「市場」とか「安売り」とか「露天商」
などとセットで考えるべきものです。九龍側のメインストリートと言うべきネ
イザンロードでは、特に印象に残ったのが、MTRの佐敦駅(ジョーダン)に
ある中国系デパートの「裕華國貨」でした。なぜ印象に残ったのかと言えば、
木曜日はそうでもなかったのですが、金曜日の6時頃から、この建物の入り口
付近に待ち合わせの若い男女が、たぶん100人以上はいたでしょうね、まあ新
宿の紀ノ国屋状態です。9時頃もう一度通ったらまだ同じくらいいたので、延
べでは1000人以上の単位になるでしょう。この人達はいったいどこに行くので
しょう。むろん食事をして、映画を観て、そして、となるのでしょうが、その
前にブラブラ歩くことも欠かせません。それが廟街(みうがい)又は男人街で
す。

MTR油麻地(ユーマーテイ)と佐敦(ジョーダン)の中間に「天后古廟」と
いうのがありますが、ここを起点にしてネイザンロードとほぼ平行して4本西
側を走っているのがこの廟街です。だいたい夕方の7時くらいから露天商が出
始めて、9時頃にはピークに達します。日本で露天商と言えば、まあ縁日の夜
店を想像しますよね。道路の両側に間口が1間くらいで奥行きがその半分くら
いのスペースにテキヤさんが20軒くらい、というのが標準でしょうか。しかし
さすがに香港は強烈ですよ。まず「道の両側」ではなく「道幅のすべて」を使っ
ています。したがって、中心付近にわずかに人間の通れるスペースが空いてい
るだけなのです。むろんその外側には本来の店舗がすべて開いていますので、
歩いている左右に都合4重に店が並んでいることになります。400mくらいの間
に1間の店がどれくらい並ぶか計算してみたら222と出ました。交差点もあり
ますので、200とみて両側では400軒、まあ実際にそんなもんだと思います。衣
類が主ですが、装身具やCDやおもちゃ、置物、バッグ、時計などが多いよう
です。むろん全部バッタもんです。私はここがすっかり気に入って、日を変え
て都合4往復しました。

交差点には8時を過ぎると一面に椅子や机を並べて食べ物屋ができあがります。
見ていると海老や貝の炒め物がいかにも新鮮で、思わず座りたくなりました。
一人だったら確実にむさぼり食っていたでしょう。廟街に交差する道には麺粉
店(麺、ビーフン、各種焼き物の軽食店)がそこらじゅうにありますし、ここ
でなにも食べなかったのが大いに後悔の種になっています。ただし、あの独特
な雰囲気に肌や胃が合わない人も多いでしょうから他人には勧めませんが。ま
た、この廟街は「天后古廟」に近づくほど怪しい店が多くなってきます、廟の
脇の道は9時過ぎに女性連れでは、ちょっと怖くて通れませんでした。大道芸
や易者など出て面白いことは面白そうでしたが・・・。

この廟街では自分の着替え用のポロシャツを2枚買いました。ポロのワンポイ
ント風ですが1枚30HK$(約400円)でした。また、帰りに荷物が増えたので入
れる鞄を買いました。こちらはバーバリー風ですが235$の値札をつけていまし
た。「まかる?」と聞くと(むろん広東語しか通じません)「220だな」と言
いました。「うーむ」と渋っていたら、しゃあない、という芝居をして「210、
特別だよ」(ここは聞き取れませんでしたが雰囲気で)と言いました。「200
になる?」と聞くと身振りで「勘弁してくれ」とのことだったので「じゃいい」
といって行こうとすると、すぐに「OKOK」と言いました。あの様子では150く
らいは行ったのではないかと思いますが、広東語で交渉できたので大いに気を
よくしました。

MTR旺角(モンコク)駅の付近でネイザンロードの2本東側に「通菜街」
(トンチョイガイ)というのがありますが、こちらは廟街に比べると終わる時
間が早くなっています。また女性物が多いので、通称「女人街」とも言います。
ここも面白いのですが、ここをさらに北の方に行くと市場があったり、生もの
の店が多くなったりして築地のような雰囲気になってきます。もう1本東の
「花園街」付近には電脳中心(でぃんのうぞんさむ)などもあって、日中のM
TRでは旺角(モンコク)駅で一番多く人が降りるようでした。この両方の街
を8時間くらいかけて歩きまくったら、スキーより足が疲れて、翌日はベッド
から降りて室内を歩くのも苦痛でした。ただし、その日も10時間くらい歩いて
しまいましたが。

雑踏の誘惑(5)
やはり電脳関係のことは書いておかねばなりません。Niftyの情報で予備知識
を得て行ったのですが、前述のように足の疲労がピークに達してしまったので、
全部の電脳中心を網羅できませんでした。代表的な2ヶ所ということで、2日
目に旺角(モンコク)、3日目に深水渉(サムソイポ、渉はほんとは土偏です)
に行きました。

MTR旺角(モンコク)駅を北に出て、旺角道を東に向かって歩いて行くと通
菜街と花園街の中間にあります。こじんまりしたピンク色のビルなので気を付
けていないと見逃してしまいそうです。大きさは・・・そうですね、ラジオデ
パートくらいでしょうか、入っている店の数や規模もまああんなもんでしょう。
ソフトとハードの店が半々というところで、かなりあぶないソフトも多数見か
けました。OSやAPなど最新版のバリバリがCDにぎっちり入っていて、だ
いたい50〜60HK$です。私はここで「広東人用の普通話練習ソフト」というや
つを買ったのですが、WAVファイルは再生できるものの、TXTファイルが中国語
DOSでないと読めないことが帰ってきてわかったので、結局まともには動いて
いません。甲斐さん、こういうところに行くかなあ・・・。

この旺角の電脳中心は学生街に近いせいもあって、けっこうオタッキーな雰囲
気でした。それもどちらかといえば同人ソフト系のような方が多いような気が
しました。アニメの専門店もありました。ところで、スケベソフトをたくさん
売っていることには変わりがないのですが、見たところ内容的にはむしろ日本
よりもマイルドかもしれないと思いました。どうやら毛は問題ないようなので
すが、行為を想像させる部分は大胆にマスクしてあるようです。これに関して
は本当に買わなかったので(じゃあれはやっぱり・・・)実際のところはわか
りませんが、値段は80〜100HK$と、やや割高になっているようです。

深水渉(サムソイポ)の方はMTRの駅を出たらそのまま北に1ブロックくら
い行くと「高登商場」というのがあり、その一角に「黄金電脳中心」が細長い
ビルに入っています。これはけっこう長いビルで、奥行きが・・・そうですね、
50m以上あるのではないでしょうか。それに3本の通路があるので、けっこう
たくさんの店が入っています。地下はソフトと書籍がメインで、旺角の電脳中
心に比べると本格的な雰囲気です。あちらが高校生のオタクならこちらは大学
生のオタク御用達というところでしょうか。話はそれますが、ここに隣接した
マクドナルドは、女学校がそばにあるせいで、小学生から高校生くらいの女の
子であふれています。店内の騒音の周波数帯域がいくらか高かったような気が
します。最初のうちは妻も一緒に電脳中心を見ていたのですが、所在なさそう
な風にさすがに私も気がとがめて、ここなら安全なので、アップルパイと紅茶
でしばらく待ってもらいました。それでも全然時間が足りませんでしたが。

話を戻して、1階はソフトや本体やパーツ、あるいは衣料や、カード屋など雑
多な雰囲気でした。電気関係のパーツを売っているゾーンがあるのかどうかわ
からないのですが、まあこのあたりが秋葉原のパーツ屋に近いといえば近いか
もしれません。全体に細かいパーツを売っているような店はほとんど見ません
でした。

2階はスペースが半分くらいになってハード専門店が並んでいます。供給ルー
トが限られているのか、ボードにはそれほど多様性はありませんでした。また、
ソフトが(といってもコピーですが)最新の割には、ハードの方はまだやっと
ペンティアムに移行している最中という感じでした。値段はそれほど安くなく、
P5/PCIのマザーボードで2万弱というところで、CPUもP5/120が4万円くら
いで、こちらも旅費を使ってまで行くレベルではないように思いました。電卓
片手に1軒づつ見て回りましたが、ついにジョイスティック以外に食指は動き
ませんでした。

本当の駆け足でしたが、全体の雰囲気はつかめましたので、次回はメンバーを
選んで行きたいと思います。最後に、私のように怪しいところに引きつけられ
る性向を持っている人にアドバイスを・・・「人混みでは財布以外は安全、ひ
とけのない道のアラブは怖い」

(終)