この小説(のようなもの)は中央区、江東区、墨田区あたりに住んでいる
アマチュア無線の仲間で輪作したものです。前作より一段と格調が下がって
いるのは、みんなの格調が一段と下がっているせいであって、私はなんとか
格調をあげようと苦労したのです。いや・ホント。

extra thanks for
JR1GKY,JQ1KDK,JS1QUY and JH1STJ

Posted : 94/03/28 23:21
Subject: 一人でも書くぞ!

 ランド ローバーの室内では、車の跳ね上がりに合わせて「コトコト」と乾
いた音がエンジンの音と重なっている。それが空になったエビアンのボトルの
音である事は、暗闇の中でもわかっていた・・・。
砂漠とは名ばかりで、その殆どが激しい岩場の続くイースタン砂漠・・・。
アカバ湾の北 約60マイルの地点を東に走行している事をナビゲーション シ
ステムが表示している。ドライバーは地表に残る僅かな熱から赤外線暗視装置
によって地形をバイザーに表示させていたが、助手席の武田がタバコを吸い込
む度に、その表示は真っ赤に染まった。
「武田さん! タバコ止めて下さい。」
「すまん・・・。」
武田は、ブーツの底でタバコをもみ消した・・・。
間もなく国境線を越えると云う緊張感から出た高村の言葉だが、もみ消したタ
バコはすでにフィルターまで火がまわっていた。
リアシートでは、アスワンのスークで手に入れたベリーダンスの衣装を身にま
とった北田がクマさんのプリントされた布切れでお楽しみだった。(なんじゃ?)


                           CAR-SMALL FORWAR 5MILE

スパイ衛星からのデジタル波が送られて来た。

Posted : 94/04/01 01:44
Subject: しゃあねえか

 暗視装置(ノクト・ヴィジョン)に頼らない武田には腰を突き上げる振動以
外に移動している実感はなかった。ふと気付いて後席を見るとメーターのわず
かな照明に北田の獣の目が赤く光っていた。(ん?発情していない)武田は訝っ
た。そのような北田を一度も見たことがなかったからだ。わずかに顎を上げた
その姿勢は闇の中に同じ獣の臭跡を探ろうとしているようでもあった。

やがて高村が軍用GPSの示す邂逅地点で車を止めると、北田は闇の中に音も
なく滑り込んで行った。ベリーダンサーの装束のままだった。武田は闇のなか
にゴロワーズの香りを微かに捕らえた。ようやく目が慣れて、間歇的に明滅す
るわずかな赤い火を見つけた。武田が愛用のジッポを3回点けて消すと、ヘッ
ドライトが点いた。闇に慣れた目にはその明るさが痛かった。だがそれよりも
武田を驚かせたのは光の中に獣が2匹、戦闘状態で対峙していたことだった。

ベリーダンサーの装束が異様に似合って豊満な腹部をさらしている北田は一見
力を抜いて軽く右手を腰の前に構えているように見えた。しかし見る者が見れ
ばこれが少林寺拳法の一字構えという微塵も隙のない構えであることがわかっ
ただろう。

ぎりぎりで蹴りの間合いを外して立つ相手もまた顔の前に両手をやや高めに力
を抜いて構えているように見えた。だが、これも一目で極真系の使い手である
と見てとれた。北田は相手の前足の膝が内側に曲がって金的を防護しているの
を見逃さなかった。「私は内股で近づいてくる相手には警戒することにしてい
る」−大山倍達氏談−

北田はそれを、まだつのだじろうが画いていた少年マガジンの「空手バカ一代」
で学んだのであった。

Posted : 94/04/01 02:59
Subject: しぶしぶ・・


二匹の獣の間合いが、それとは分からないほど微かに縮まったろうか、「シュ
ッ」闇を切り裂く炸裂音とともに北田の足元に小さな砂塵が舞った。
「そこまでだ、北田」
武田が短い安堵のため息に乗せて吐き出したパーラメントの白い煙が、高村の
右手に絡み着いた。その右手にはお馴染みのショートエアガンが握られていた。

「お楽しみは後だ、その女には聞かねばならないことがある。」
北田の構えが渋々と解かれた。しかし、北田の目線は警戒の色濃いまま、目の
前の女の低く構えた姿に捉えられたままであった。よく灼けた褐色の肢体に僅
かにまとわりつく真っ白な二筋の布切れ、女は低い姿勢を保ったままのために、
きらきらと輝く女の眼の下の胸の谷間が北田の欲望を誘っていた。
「ストップ、尚美、・・・お久しぶりね」
張りつめた空気を和らげる、優しい高村の声が、愛撫するかのように女の耳朶
に絡み着いた。

Posted : 94/04/02 22:59
Subject: いちどだけよ

女は地面に脱ぎ捨ててあったジャケットを拾うとかたにはおった。
それから車のほうを向いてまぶしそうに高村を見つめた。
 「まだ尚美のことが忘れられないのね。」
砂漠に吹く風のように乾いた声だった。
 「尚美は死んだわよ。 あなたが知らないはずはないわ。」
そしてランドローバーに背をむけるとゆっくりと歩きだした。

Posted : 94/04/11 21:19
Subject: ロープがお好き

「噂は本当だったんですね・・、武田さん・・。」
「ああ・・。私も信じたくなかった・・・。ロープ好きの尚美だったから、“
気をつける 様に”と言っておいたのだが・・・。」
「北田さんから伝授された、亀甲縛りをマスターせずに乱用した為と聞きまし
た。今の女性は誰なのですか?」
「886286」後ろから北田が呟いた。
「新顔のエージェントですか? 何故北田さんが知ってるのですか?」
武田は笑いながらタバコに火を着けた。

女の運転は砂漠に慣れていた。後を追う高村の車は特別に作られた物だが、彼
女のそれに追従するのがやっとであった。
2時間程走ると小さなキャンプにたどり着いた。遊牧民が使う大型のテントと、
その杭にラクダが繋がれている。
「パパ、連れてきたわよ。」
振り向いた男の顔は明らかにツングース系のそれであり、日焼けした額の下か
ら鋭い眼光を放っていた。

Posted : 94/04/12 19:53
Subject: ぬふふふっ

大型テントの中には体臭とも香料とも知れぬ匂いが濃密にたちこめていた。武
田にはすぐにそれがわかった。若い牝の汗と革の匂いだった。
「ボンソワール・・・めぐみです、か」
それに答えるように、テントの奥に座っていた目つきの鋭い老人が
「サラーム、アレイクム」と右手を軽く上げた。
武田もあわてて「サラーム」と挨拶を返した。北田と高村も油断なく軽く頭を
下げた。

「やあ、道中いかがでしたかな?これがなにか失礼なことをしてなければよい
が。」
老人の口から由緒正しい江戸弁とも思える歯切れの良い日本語が飛び出したの
に一同は驚いた。
「どこか間違えましたかな?なにしろこの言葉を使うのは・・・そう、35年
ぶりになりますからな。彼の地はここと違ってえらい勢いで時が流れていると
いう話ですな。この地は全能の神アラーに時間の侵略からも護られていますの
でな。」
と、軽く手を額に当てて祈って見せた。その指にはめられている紋章は日本で
言う「違い鷹羽」の紋に酷似していた。ツングースの目を持つ高村はそれを見
逃さなかった。

「失礼だが・・・」
「なんですかな?お若い方。」
「ヤスコという名前に聞き覚えはありませんか?」
老人の鋭い目の奥に何かが煌めいて消えたような気がした。
「さて・・・それは日本の名前ですかな?その・・・」
「これは失礼しました。私は高村といいます。」
差し出した高村の手をさりげなく無視した。
「わかりませんな。まあ座ってください。」
鋭く短く指笛を鳴らした。
「おい!おもてなしはどうした!」
泥水のように濃密な甘ったるいコーヒーが出た。北田はそれを運んできた娘を
すでに頭の中でX線にかけていた。
「ぬふ、ぬふ、ぬふふふっ、ズズッ」(よだれね)
高村は甘いコーヒーに辟易しながら、無意識に自分の指から外した指輪を掌の
なかで転がしていた。それはツングースの族長を表すという、2枚の鷹の羽を
クロスさせた紋章でできていた。

Posted : 94/04/16 11:17
Subject: 筋書きに、乗るか・・

「高村さん・・と、仰ったかな。お若い方」
老人は、自分の節くれだった指にはめられた指輪と、高村のそれとを見比べる
ようにしながら、鋭い光をその眼に宿していた。
「その紋章・・その指輪を、どこで手にいれなさった」
瞬間、高村の脳裏に、祖父の面影がよぎった。その指輪は、大陸で客死した祖
父の形見だった。高村の祖父は道楽で喰い詰めて20代で満州に渡り、土着の
豪族の知己を得て、蒙古高原までの広大な土地を一時的にせよ勢力下に置いた
もののふであった。高村は幼い頃に、祖父の思い出話を祖母から毎日のように
聞かされて育ったばあちゃんこであった。
「祖父の・・・持ち物ですが・・」
老人の眼からは急速に鋭い光が消え去っていった。遠い思い出をゆっくりゆっ
くりと辿るように何度も頷き、穏やかな顔姿に戻った。
「そうですか、そう、あの方の・・」
 そうしたやり取りをよそに、北田と武田の二人はテントの隅の寝台に釘付け
になっていた。先ほどから、薄ものをまとった二人の若い女性の姿が、緞帳越
しに、おいでおいでをするように見え隠れしていた。
「祖父のことを、ご存知なのですか。」
高村の問いに、老人は答えず、立ち上がり寝台の前に下がった緞帳を開いた。

Posted : 94/04/24 14:28
Subject: 三人の女達

寝台の上には豊満なバストと吸い込まれそうな尻を持つ女が、僅かな薄い布で
恥じらいを表していた。高村が驚いて横の二人を見ると、北田と武田は共に1
20度であった。
老人が指さす寝台の上手の部分には、セピア色に変色した一枚の写真があった。

120度の二人は勘違いをして、頷いた後にジャンケンをしている。
「70年前の話ですがなァ、我ら部族が暮らしていたイルクーツクの村に、東
洋から流れて来た若者が暮らし始めましてなァ、当時は村に読み書きは疎か計
算の出来る者がおらんでの、そのChojyurouと申す者に族長が目を掛
けて、娘と結ばせたのが始まりでしてのぅ・・。」
「長十郎は私の祖父です。」
「その様ですな。私は彼の息子、セルゲイと共に部族の誇りを守るため一緒に
戦った生き残りです。旧中央政治局の仲間がセルゲイを探していると聞き、お
手伝い出来ればと思い接触しました。」
「それでは貴方が現地エージェントなのですか?」
「いやいや、私は歳をとりすぎた。 私の娘達にあなた方をサポートさせましょ
う」
「おーいっ!ご挨拶するのだ!」テントの奥から3人の女達が現れて来た。
「長女のエメラルダは、ご存じですな? 気が強いのは母親譲りでしてなァ・・


Posted : 94/04/24 16:21
Subject: なかなかやるな

「ああ、先ほどは連れの者が失礼・・・おーい、じゃんけんしても無駄だ無駄
だ。ちょっとこっちにこい。」という高村も、彼自身の先端の「期待のにじみ」
が無駄になったことを感じていた。
「えっ?ちちちちがうの・・・んーっもー・・・ぼぼくちん、チエミたんがい
なくなってからいちども・・・グスッ」(なにも泣かなくても・・・)
と言いながら歩く北田の腰はまだ引けていた。

「やどうも、さきほどは失礼しました。エメラルダ・・・なんとあなたにピッ
タリの名前でしょう。砂漠のなかの宝石ですな。」
と武田は彼女の手を取って甲にくちづけした。武田の腰もまた引けていた。1
日「抜かない」日があると白髪が一本づつ増えるという呪われた体質の彼であっ
た。

「まあ、お上手ね。フランス仕込みかしら?でも、私に無防備な頭を見せると・・・
ほら・・・こんなふうに・・・」
とエメラルダは後ろから武田の顎を抱えるようにして前腕で左総頚動脈を軽く
圧迫した。後頭部に彼女の豊かな膨らみを感じる間もなく、武田は果てていた。


「イガッター・・・」
3分後に武田が地球に戻ってきたときなぜか茨城弁になっていた(フランスは
どうしたんじゃフランスは)。栗の花の匂いがあたりに立ちこめていた。
「おお、これは失礼した。言い忘れましたが、エメラルダは子供のころから格
闘技に打ち込んでいましてな・・・そろそろ色気の方もとは思っているのです
がな。」
となぜか老人は嬉しそうだった。そして黙って見ていた先ほどの女の一人を手
招きした。「で、これが次女のルビーです。」

Posted : 94/05/01 21:28
Subject: ひらにご容赦・・作風が・・・

「ふざけた名前、つけやがって・・じゃ、3番目はダイヤモンドかよぉ」
北田がポケットに手を突っ込んで、なにやら、得意の小道具を探しだしたよう
である。
(「本物かどうか、俺が鑑定してやるよ」)北田の手には、ルーペと先の丸め
られたピンセット、そして何故か聴診器が握られていた。(ドラエモンか、お
まえは)
「まぁ、おじさま・・すてきなものを・・お持ちですわね」
ルビーと呼ばれた娘の眼が、名前のとおり、赤く光った。後ろを見せていたに
もかかわらず、北田の手に握られた小道具を目敏く見つけていた。
「この娘は、医術を心得ておりましてな、道中役に立つと思っとります。」
「で、3番目の娘ですが・・・あれ、どこへ・・」
「あたしなら、ここよ、グランパ」
ふいに、高村の声が女性の声に変わった。いや、一見、高村と見まがえるよう
なスラリとしたボーイッシュな女の子が、いつの間にか高村のそばに立ってい
た。まるで、そこにいないかのように、その娘からは気配というものが感じら
れなかった。
「おお、そこにいたか・・・」
「この娘は、天の動きを読み、地のあらゆるものと話すことができます。この
子を連れていれば、道を見失うことはないでしょう。そして、危険が迫ると、
獣や植物がこの子にそれを知らせます。」
「名はディアマンテと申します。」(「出た!ヤッパリ」)
ディアマンテと呼ばれたまるで少年のような娘は、何故か、高村の側から離れ
ようとしなかった。高村から獣の匂いを感じとったかのように・・
「この子らをお連れください、きっとお役に立つことでしょう。」
(「・・・まるで桃太郎かよ、俺たちは・・イヌ、キジ、サル・・・!?)
武田が放心から覚めないままに呟いた・・
 
    (先、行こう、先・)

Posted : 94/05/01 23:10
Subject: 時間まで・・イイ?

テルアビブの南に位置するヤッファの町に甲賀がいた。作戦行動に直接携わら
ない甲賀は、正規の入国手続きですむ訳であり、美人秘書連れであれ、誰も疑
わなかった。
国連軍から参戦同意を得られないイスラエル政府は、支援物資の提供を快く承
諾していたが、諜報機関からの受け渡しである事は当然である。
それは町外れに在る朽ち果てた教会で行われていた。甲賀が渡されたリストの
中には、最新の武器とそれぞれの個人装備が書かれていた。日本から送られた
請求品目と照らし合わせながら、甲賀の秘書がチェックしている。
「4.7mm口径ヘッケラー&コッホ・ケースレス ライフル」
このライフルは500m以上離れた鋼鉄製ヘルメットを簡単に打ち抜く威力を
持つが、コートの内側にも忍ばせる程小型であった。
「7.62mm口径M40−A1狙撃用ライフル」
スナイパー(狙撃者)が好んで使うライフルだが、その性能は計り知れない物
がある。
「南極2号改」
武田が発注した特別仕様の道具であるが、特殊ビニールで出来たそれは、小さ
く折り畳まれていて、彼女には用途不明であった。その他「爆発物」と説明さ
れているた小さなケースや円筒状の品物が祭壇の上に乗せられている。レーザー
付きスコープのレンズを輝かせている一条の光をたどると、半身を奪われたス
テンドグラスのキリストが迷える者達を見つめていた。
「全て揃っています。」
彼女の言葉に頷いた甲賀は、腕時計を見ながら呟く、「使わずにすめばいいの
だが・・」「彼らが到着するまでには、時間がある。」そう言いながら、秘書
の尻をナデナデするオヤジに変身していた。

Posted : 94/05/02 00:56
Subject: こうなりゃOMも・・・

2台のランドローバーは夜明け前に国境を越えた。1台目は高村が運転し、助
手席にディアマンテ、後部座席に北田、2台目はエメラルダの運転で、カーゴ
スペースのw幅のシュラフのなかに武田とルビーである。

「寝ておかなければ体が参ってしまう・・・そうだ、君がこのシュラフを使う
といい。」という舌の根も乾かぬうちに自分ももぐり込んでしまった武田であっ
た。
「Ah!・・・mm、ah・・・a・・・ha」(いつもこれね)
「えーか?えーか?えーのんか?え?え?」
とすっかりヒヒ爺化した武田であった。(フランスはどうしたんじゃフランス
は)

2台のランドローバーがまるでワルツを踊っているように(ジェミニだね)、
ヤッファの町に入り、砂塵を派手に上げて教会の前庭でスピンターンを決めて
ピシリと平行に停めて見せた。降りてきた高村はぐったりしていた。なぜかズ
ボンの前が粘っていて歩きづらそうだった。一方のエメラルダは車が止まって
からもしばらくはステアリングホイールにしがみついたまま小刻みに痙攣して
いた。やっと降りてきた彼女の眼はまだうるんでいた。膝から力が抜けたよう
に歩く彼女もなぜかズボンの後ろに大きなシミを作っていた。2人は一晩中車
を使って愛撫を繰り返していたのだった。(コ・コイツラハ・・・)

「いやー、イガッタイガッタ・・・んーっ・・・やっぱ若い子に限るわ。」
武田が元気一杯で降りてきた。気のせいかずいぶん髪が黒みを増したようだっ
た。教会のドアをノックすると、細くドアが開いて女の眼が見えた。
「ラマダンは終わった」
武田が合い言葉を言うと、ドアが大きく開いた。3人は自分の目を疑った。い
つも紳士の身だしなみを崩さない甲賀がスーツの下にパンツ一枚で立っていた
からだ。
「おお!助かった!・・・武田君、遅かったじゃないか。」
「いえ、武田以下6名、定時0600に作戦本部に出頭いたしました。」
ピシリとフランス式の敬礼を決めて見せた。
「しまった!UTCだったか。」
JCCを追っかけている甲賀はJSTで考えていた。9時間に及ぶ激戦で甲賀
の顔には死相が現れていた。
「ご苦労。休んでよし。」とかろうじて旧海軍式の敬礼を返した甲賀だったが、
そのまま昏倒した。

Posted : 94/05/04 23:18
Subject: 鍵屋2−Kー1

教会の中には、静寂と硝煙(?)の臭いが充満していた。
「だいぶ激しい闘いだったようだな」
武田が、その癖である猫背の警戒姿勢で教会の内部を点検していったが、祭壇
の上のうすぎたなく汚れたビニールの袋に気付き、手に取ると思わず鼻を背け
ていた。
「なんだ、これは?」
細い猫の眼をした女秘書が慌てて、その袋をわしづかみに掴むとキリスト像の
後ろの穴に放り込んだ。女秘書は、そのまま自分もその穴の中に入って行った。

「良く来てくれた。」
高村から気付けのブランディを乱暴に流し込まれ、ようやく正気に戻ったよう
な甲賀の声であった。しかし、その顔は見事に腎虚のじいさんの様相を呈して
いた。(「このじいさん、親父と同じ年だというのに・・・」父の古い友人で
ある甲賀に、半ば呆れ顔の高村が呟いた。)
「必要な物はそこにすべて揃えた。諸君の顔ぶれも整ったようだな。」
武田と高村は棺に擬せられた武器箱をのぞき込むと、いちいち手に取り頷きな
がら点検をしていった。
「ご苦労でした。南極2は・・・ま、もういらないがな」ルビーのお尻をポン
と叩きながら武田が言った。
「栂田尚美がカイロで行方不明になりました。」高村が甲賀に報告した。
「そうですか、・・あの人はカイロには昔住んでいましたから・・いろいろ、
あるのでしょう。」甲賀は予期していたかのように驚きもしなかった。
「さて、これからの行動計画だが、・・まず、場所を移しましょう。」
甲賀は、皆を促すように、女秘書が消えた穴の入り口を指し示した。
・・・・
「武田、高村ご両人はご存知と思うが、この辺の古いアラブの都市には、迷路
のような地下道が張り巡らしてあります。」
甲賀が手にかざしたランタンの光を地下道の日干し煉瓦にあてながら進んで行っ
た。
「ただし、その正確な地図は誰も知らない、と言われています。ために下手に
迷い込むと・・ほら、そのようになります。」
ランタンのほの暗い光の中に、二つの白骨が浮かび出されていた。
・・ズ、ズ、ズーーンーー
突然、地響きが暗い地下道の入り口の方から伝わってきた。
「入り口を塞げば、我らの後を追うことは、誰をぉーー持ってしてもぉー不可
能になりますぅー」
甲賀の淡々とした声が、疑似和音のように地下道に響いた。

Posted : 94/05/06 20:43
Subject: 高村、行きます!

そこは、中東戦争時に使われていた司令部の跡であった。壁に留めてある地図
に手を掛けると、パラパラと砕け落ちていく・・・。部屋の隅にある単気筒の
発電器を甲賀が動かすと、幾つか吊るされている裸電球が、脈を打ちながら明
るく灯った。おそらく、地上に延びているであろう排気管の僅かな隙間から排
気ガスが漏れていいるのか、ガソリンの臭いとカビの臭いが部屋に立ちこめて
いた。
「さて諸君!君たちに与えられた使命を、伝える事にしよう。」
「言うまでもなく、クェートではオイルダラーの恩恵にあずかって中東各国の
中でも飛び抜けて豊かな経済状況である。その有り余る財力を使って国家元首
とその取り巻き達は、とんでもない計画を推し進めて来たのである。」
甲賀が熱心に説明をしている間にも、北田は秘書のネーちゃんに言い寄り、後
ずさりしながら転んでしまった彼女は、首を横に振りながら、ヒールの踵でズ
リズリと後退し、狭い部屋の中を廻っている。舌の根はおろか男根も乾いてな
い武田は、流石に軍人らしく背筋を伸ばし甲賀の話を聞いているが、その両手
に抱えられた人形の頭の様な物を股間にあてがい、前後させていた。
「諸君らは、ハイファからキルクークに繋がるパイプライン沿いに南下しベイ
ルートからのパイプラインが交差する地点より進路をラフハに向け変更し、ネ
フード砂漠を渡って頂く。パイプライン沿いに移動する事によって、敵の地上
レーダーにも発見されないと言う訳です。」
沈黙していた高村が、ディアマンテの上下する肩越しに、息を切らせながら声
を出した。「ここからラフハまでは、直線距離でも1,300Kmはあるはず
です。とても車で移動する距離ではないと思いますが・・・」
「確かに車ではあの砂の海を越える事は難しい。教会の墓地に小型ホバークラ
フトを用意してあり、もう既に荷物も積まれている頃である。3隻の船に分乗
して作戦を進めて頂きたい。宜しいですか?高村君!」
高村はその意志とは無関係に「うっ、行く!」と声を出した・・・。
「ラフハの北にある国境付近で船を捨てて、クェートの宮殿まで徒歩で行って
頂くが、おそらく侵攻国側の警備も厳重である事が予想される。警戒を怠らな
い様に行動して欲しい。 見事、宮殿に潜入出来たら、この封書を開けて、指
示に従って頂く。」
膝とお尻に擦過傷を負った秘書から、キャビネ版の封書が武田に渡された。

Posted : 94/05/06 23:28
Subject: ちょっとお勉強

「ということは、ヨルダンとサウジアラビアを横切って行くわけですな。サウ
ジにはアメリカが駐留しているくらいだから、まあ攻撃されることもないでしょ
うが、ヨルダンの方は国王の名前が同じこともあって親フセインと聞いていま
すが・・・。」
「うむ、そこがアラブのはかりしれないところなのだ。今回もヨルダンはいち
早くフセイン支持を表明したし、軍も侵攻国側に加わると言われていた。だが、
実はヨルダンは膨大な赤字に苦しみ、サウジからの援助で国を支えているとい
う面もあるのだ。しかも一貫して親西欧政策を取っていて西側から武器の供給
を受けている。これが風見鶏といわれるゆえんなのだ。今回も国王に近い筋に
話を通しているので、攻撃はしないとの約束をとりつけてある。」
「ということは、少なくともクェート国境までは安全だということですな。」
「それがそうでもないのだ。実はクェートのジャビルは決して民主主義者とい
うわけではなく、単にうまく立ち回って莫大な富を蓄えたにすぎない。人望も
ないに等しい。亡命政権を作った現在も自らの利益しか頭にない。そのため、
ヨルダンからクェートに出稼ぎに行っていたパレスチナ人が虐待されていると
いう現実がある。そういうわけで、ヨルダンの軍にはフセインをパレスチナ人
の解放者とみなすものが少なくない。」
「ということは・・・」
「いくら上からの命令と言っても、広大な砂漠に展開しているのはこれらの親
フセインの軍隊であるということを忘れてはならない。ところで、武田君はク
ェートの輸入国トップがどこか知っているかね?」
「それはアメリカでしょう。基地を作ろうとしていたくらいですから。」
「それがなんと日本なんだな。アメリカの12.2%のシェアに対して日本からは
12.9%を輸入している。さて、ここで君に質問だが、例えば君たちがヨルダン
の領土、あるいはサウドのネフド砂漠のどこかで、その国の軍隊と遭遇したと
する。さあ君ならどうするかね。」「命令書を示して自分の所属を名乗ります。」

「まあそれが味方国の中では普通だろうね。では相手はどう思うだろうか。こ
の相手は実はパレスチナ人だ。ほとんど人間に出会うことも稀な砂漠では命令
書や身分証明などはただの紙切れだ。自分の法律かコーランにしか彼らは従わ
ない。さて、この男はクエート人に自分の兄弟を惨殺されて憎んでいる。あの
ジャビルの豚を太らせてきたのはアメリカと日本人だ。さて命令書によると目
の前にいる男は日本人だ。しかもとびきりの女も連れているし、珍しい乗り物
を3台持っている。」
「で、どうなりますか・・・?」
「こういうときにこいつが考えることは一つしかない。日本人を砂漠に埋めて
しまえば女と機械が自分のものになるということだ。幸い手許にはライフルが
あるし、部下は女と略奪品の分け前を期待している。では・・・」
と、甲賀は腰だめでライフルをオートマチックで3点連射する格好をして見せ
た。
「タタタ・・・タタタ・・・タタタ」
それは気味悪いほど真に迫っていた。

Posted : 94/05/10 20:04
Subject: その頃墓地では・・(SV-2)

その頃、仮設テントの中では白衣を着たアンドリューが最後の点検をしている。
キャノピーの上で口を開いているRR社製ターボプロップに至る吸気口からペ
ンライトを使って防砂フィルターの様子を見ているようだ。優れた技術者が手
塩に掛けて作り出した機械は、芸術家のそれと似て、手放すのが惜しいかのよ
うに見て取れた。
「サー・アンドリュー、其処はもう点検済みです。」
「君がコイツに保証書を付けてくれるのかね?砂漠の真ん中に君の従兄弟がG
スタンドを開いているのかね!」 新米の研究員は、普段と違う上司の言葉に
たじろいだ。
「失礼しました。燃料給油完了しました。」
「よろしい。積載荷物をもう一度点検してくれ。砂漠では誰もポリスに届けて
くれないからな。」僅かに微笑んだアンドリューを見て、彼も思わず笑みをも
らした。
英王立航空機研究所、主任研究員アンドリュー・キャンベルが作り出した「S
V−2」。高速上陸用舟艇として開発された「SV−1」の発展型モデルであ
るが、今回の作戦に使用する為に、甲賀が外務省を通じて頼み込んだ小型ホバー
クラフトである。
巡航速度65マイル、航続距離310マイル、定員2名のそれは、まるでゴム
ボートに小さな翼とキャノピーを付けた様な乗り物に見え、両サイドの翼上に
付けた燃料増量タンクと、後部に積載された荷物が痛々しくも見える。しかし
その性能はスカートの中に搭載されている補助固形燃料ロケットを使う事によ
り地上10フィートの障害物さえ越えられる性能を持ち、高速運転時にはター
ビン軸から動力伝達機を切り放し、ジェット推進に切り替わり、海面と船底+
翼の空気圧力による(HDDのディスクとヘッドのあれ)、飛行に近い運動性
能をもっている。
「彼らは、SV−2を操作出来るのでしょうか、 サー・アンドリュー?」
「そうだな、父親のジャガーを借りて、お目当ての彼女を海辺のダンスパーテ
ィーに誘う学生でも、コントロール出来るさ! しかし、彼がカクテルを飲み
過ぎて代わりに彼女が操作する事になり、門限に遅れない為にスロットルを一
杯に上げたら・・・、彼女は彼を揺すり起こす間もなくドーバー海峡を渡って
しまうかもしれないな!」
二人は心配を振り払うかの様に笑った。

Posted : 94/05/14 19:22
Subject: 鍵屋2−K−2

ハイファの町外れ、港町からの潮の臭いもここまでは届いて来なかった。
ゴラン高原から吹き下ろす風には、気のせいか硝煙の臭いが混じっているよう
であった。「仕事とはいえ、こんな所へなぁ」
武田は既に軍服を脱ぎ捨てていた。代わりに身にまとっているのは、足首まで
すっぽりと覆う真っ白なアラビア服であった。
「しかし、なかなか・・ロレンス小佐風ではないか。」武田は腰に手をあて、
くるっとモデルのように一回転してみた。
「なにやってるんだよ!!早く装備を積み込めよ。」やはりアラブ人の服装を
した北田(ただし、従者服であった・・)が、ランドローバーから油紙にくる
んだ武器を下ろしながら、とがめるように叫んだ。
「まったく、・・何のために変装なんぞする必要がある?」と言ったのは、イ
ギリス軍の軍服に身を包んだ高村であった。
「まあまあ・・やはりムードというものも、必要なのよ」武田はすっかりロレ
ンスになりきっていた。
「積み込みは終わったようですな。」彼らのやり取りと作業をじっと見ていた
アンドリューが近づいてきた。アンドリューはホバーの縁に左足を掛け、男ど
もを呼び寄せた。
「簡単な操作ですが、一応、このロールスの操作方法を説明しましょう。」

Posted : 94/05/17 21:38
Subject: おまちどう!

「最初に断っておきますが、私はソルジャー(soldier)では無いし、あなた方
の任務も知らない。所長の命令でコイツを“お貸しする”だけです。」
新米の研究員に目をやり苦笑しながらアンドリューが話始めた。
「駐車場から出すのは至って簡単。ジャパニーズの車と同じで故障知らず。レ
ンタル費用は女王陛下がお支払いいたしますから、お好きなだけお使いくださ
い!」
汗で下がったポロの眼鏡を薬指で上げ操縦席に座り、右手を操舵レバーに乗せ、
左手はスロットルに乗せた。その操縦席は意外な程シンプルで、フロントパネ
ルに10インチ プラズマ ディスプレイとスロットルレバーのすぐ前に、数字
と各機能が書かれたキーが並んでいる。彼が人差し指を伸ばしてその中の一つ
に触れた途端、微かなモーター音と共に表示が現れた。 “please input 
password”
「コイツを動かす為にはそれぞれ決められたパスワードが必要です。一号艇の
パスは、
“BARENAKYA”、二号艇は“KANEDESUMU”、三号艇は“OWAREBABYE”です。こ
れを忘れたり、3回間違えると自爆回路が働き1分後に爆発します。操縦方法
は子供のPCゲームより簡単で、前後左右のコントロールはこのレバーで行い、
スピード コントロールは此方です。通常速度域つまり出力の80%までは推
進と操舵を圧搾空気で行いますが、85から120%ではジェット推進と方向
舵によるコントロールに変わります。もしも路上にお婆ちゃんが歩いていて避
けきれない時は、このボタンに触れて飛び上がって頂きたい。但し燃焼時間7
秒間で、使えるのは1度きりです。」
一通りの説明を聞き、ルビーを後部シートに乗せた武田のデッキに、新米の研
究員が上がって来た。
「これ、ランドローバーの鍵ですが、このシップには武器が搭載されていない
ので、翼にロケットランチャーを括り付け、このドアの電磁ロックで発射出来
るようにして置きました。もう車は使わないですよね?」
「ああ、有り難う。あの車は君にプレゼントするよ。Mr ・・?」
「ジュゲムジュゲム・ゴコオノスーリキレ・ヤーブラコウジ・ブラコージ・ク
ウネルトコロニ・スムトコロ・ポンポコピー・・・」(著者が彼の名前を書か
ない理由がわかった)隊員達は怖々パスワードを入力してメインスイッチを入
れた。鋭い金属音が次第に高まり数秒でスカートを一杯に膨らませ、ホバリン
グ状態になった。圧力感知式の操舵レバーに力を加えると、ゆっくりと前進を
始めた。一号艇を操作する武田はやはり下手であり、離れて見ていた甲賀が心
配そうに手を上げて見送った。
「カイガイスイギョノ・ウンザイマツ・フーライマーツ・・・」舞い上がった
砂埃の中で「祈り」の様に聞こえるそれを背に受け3艇は砂漠に向かい、やが
て見えなくなった。
「シューリンガーノ・フーリンガー・パイポパイホ・・・」(もう誰も聞いて
いない)

Posted : 94/05/18 00:14
Subject: 付録

その何も見えない空に目をやり研究員はつぶやいた。
「やはり、これでよかったのだろうな。」
彼は当初、4機のマシーンのコンビネーションを企画した。そのパスワードも
頭の中に思い浮かべながら・・・。
四号艇は“WAKARANAINO”か“KOWAIWA”もしくは“TASUKETE”・・・。
しかし、これはお遊びではない。第一、女王陛下のお好みではナイ。足手まと
いにこそなれオトリにも使えない。が、危なげなパスワードで飛び立つ新機へ
の夢も捨てきれないでいる。学習機能を有する頭脳マシーンを搭載し出動回数
を重ねて性能に磨きをかける。だが乗り手を選ぶ。
「予算がな・・・・。まぁ〜皆さんの検討と幸運を祈ります。」とめぐらせた
思いを振り切るように身体の向きを変えランドローバーへ歩きだした。
「・・・チョウキュメーノ・チョウスケ! ダッタ・・カナ?」

Posted : 94/05/17 22:19
Subject: Qちゃんじゃないよ

女性に操縦させると、男が横からならぬ下からちょっかいを出して危ないので、
今回はすなおに一号艇は武田の操縦でルビーが同乗、二号艇は北田の操縦でエ
メラルダ、三号艇は高村の操縦でディアマンテと無難なところに落ち着いた。

武田は、連絡用のトランシーバーがコンソールに埋め込まれているのをめざと
く見つけて早速スイッチらしいボタンを押した。ワイパーが動いた。
「ハッ ハッ ハーロハーロ、こちらはじぇ*くいーんわ*きろ*るたきろ」
と意味不明な早口を続けざまに3回繰り返してマイクに流し込んだ。
何の反応もなかった。

再度早口で「しーきゅーしーきゅーはろーしーきゅー」と言いかけたとき、見
えないようにマウントされているスピーカーからアンドリュー・キャンベルの
声が響いた。
「武田大尉は妙な病気をお持ちのようですな。そうそう、このトランシーバー
はスイッチもなにもありません。常時0.3秒間の音声をバッファの音声メモ
リーに蓄えていて、VOXがONになると、さかのぼって出力します。受信時
は先端部分の遅れを音声信号の空白部分を少しずつ詰めることによって、1秒
で実際の会話に追いつきます。」
「???はー・・・???」
「これは失礼。どうもエンジニアというやつは、自分の作ったメカニズムにつ
いて他人に説明したいという誘惑には勝てない人種でしてね。ついでだから説
明させてもらいますが、このシステムはデュプレックス通信で、しかもダウン
リンクの送信に際しては音声をミキシングしています。」
「はーーーー???????」
武田の頭からはウニの刺のようにクエスチョンマークが生えていた。

「なるほど!すばらしい!つまり基地も含めて4カ所が同時送受話できて、し
かも頭切れのない会話が可能なのですね。」
と会話に割り込んだのは北田であった。
「その声は『金で済む』の北田さんですな。さすがに話が早い。そういえばあ
なたもエンジニアということでしたな。」
「まー・・・えんじにあっつーか・・・たんたんめんっつーか・・・そうそう
お聞きしたいことがありました(話題をかえるなっつうの)。サー・アンドリ
ュー、それともQと申し上げるべきでしょうか?」
「Q?はて・・・なんのことでしょうか?」
というアンドリュー・キャンベルの声は明らかに笑いを含んでいた。
「わかっています。わかっています。私は『危機一発』のときからあなたのフ
ァンでしたから。ところでこのマシーンにはあのアストン・マーチンやトヨタ
2000GTについていたような仕掛けはないのですか?」
「どうも北田さんも妙な妄想をお持ちのようですな。」

そのころ高村は、はるか彼方を130マイル/hの限界速度で文字どおりかっ
飛んでいた。眼を見開いたまま助手席で凍りついているディアマンテを無視し
て、彼はなにやらブツブツ言っていた。
「へへ・・・へへ・・圧縮比は・・・へへ・・・ポート研磨・・・へへ・・・
CDIを・・・」
彼の目は完全に「いって」いた。

Posted : 94/05/18 20:13
Subject: 初めてナノ・・優しくしてね。

「ねぇ、Mr.タカムラ・・・」
ホバークラフトの速度に身体が順応しつつあるディアマンテが操縦席に向かっ
て声をかける。スピード感への緊張なのか又何やら意味不明な用語を口ばしる
高村への遠慮の為か、声がかすれ少しうわずっている。
首をやや傾げななめ下方から彼女が高村の横顔を覗く時、そのサラリと動く髪
からかもし出される香りは彼の心を現実に引き戻すのに充分だった。    
                                   
               「お嬢さん、そんな目をして僕を見るのは危
険だな。瞳に吸い込まれてしまったら操縦席はカラになり美しい女性が一人砂
漠に散る。」
ディアマンテの頬に微笑がよみがえり、窓の外の荒涼たる風景に似合わない優
しいオゾンが車内を満たした。
(「コレだから胸の腫れたサポーターは応えられない・・・。」)
高村は心境を読み取られるのを避けるかのように煙草を取り出し1本を口にく
わえた。
シガーライターのスイッチに手を延ばす・・・。

ディアマンテがやや低いソフトな声で語りかける。
「イスラエルには国内に3つの宗教があるの。一番少ないのはキリスト教、次
にイスラム教ね。大多数はユダヤ教を信仰し・・80%以上だったカ・シ・ラ・・・
ユダヤ教ではシャバットと呼ばれる安息日があるの。週に一度は仕事も何もし
てはいけない・・ノヨ。煙草に火を点けるのも創造(仕事)のひとつと見なさ
れレストランはおろか家庭でも禁煙を強いられるの。今日は土曜日・・・」
高村は使用可能状態になったシガーライターを抜き取るべきか迷っている。
「でも、構わないわね。ここには敬けんなユダヤ教徒は存在しないわ。本当な
ら金曜の日没から土曜の日没まで・・今はシャバット。だけどMr.タカムラ
は砂漠の女神に守られて心の安息日を持つことを許されるはずよ。」
悪戯っぽい笑顔と共に火が彼の煙草の前に差し出された。煙を吸い込みながら
目と神経は研ぎすまされて前方に対する注意を怠らないが、心は安らいでいる。

「ねぇ・・Mr.タカムラ、わたしは自然と会話する心は持っているけど機械
的な知識は、殆ど無いにひとしいの。これからの長い道のり、たまにはアッシ
ュクヒ・ポートケンマ・シーディーアイ以外の話も聞かせてね」

「おい おい! 随分いい雰囲気だなぁ。3号艇遅れ気味だぞ〜!」
スピーカーからやっかみ半分の声が流れ、高村は煙草を灰皿の縁でもみ消した。


Posted : 94/05/20 01:58
Subject: まったく、もう・・

「遅れるなよなぁー、夜明け前に安全地帯にたどり着かなければならんのだか
らなぁ」
「(まったく、もう・・・この娘は薬の臭いで・・・一度でいいんだよな・・)」

武田が隣で姿勢を低くして横たわるルビーにそれと聞こえぬ程の声で呟いた。
その視線は、行く手に黒々と見えてきた山稜に向けてまっすぐに向けられたま
まであったが、右手は何かを探すようにルビーの胸の辺りに伸びていた(横た
わる女の側にいると、・・・悲しい武田の習性であった・・・)。
「心配するな、すぐ替わってやるよ」(終われば背中の)高村の声がイヤフォ
ンから入ってきた。
「お、なんだ・・えれぇ感度のいいマイクじゃぁねぇか」
いつの間にか、3号艇が武田の乗る1号艇に並びかけていた。
「もうすぐ、山岳地帯に入る、夜があける前に野営地を探すことにしよう。な
にしろ、こんところ殆ど寝ていないしな、少しゆっくりしようじゃないか、お
楽しみもな」
「・・・俺の艇で先導しよう、ディアマンテが安全なところに案内してくれる
だろう。」高村は右手の親指を下に向け、スピードダウンの指示を送ってきた。


Posted : 94/05/23 21:19
Subject: 黒い原油。

「武田さんはとても疲れている様ね」
「その様だ。彼はブルターニュ地方の町ナントで生まれたのだが、両親が典型
的な日本の小作農家出身でね、ロワール河が、彼の『茨城の血』を呼び起こし
たのだと思うよ。『納豆』にはうるさいんだ。ディアマンテは知らないね」
「ナットウ?」
高村は頷きながら、地勢探査レーダーに切り替え安全な進路を選び出した。

タープの下、赤外線ストーブで暖を取る6人。温められたスープと、僅かな食
料であったが、彼らの緊張を一時はとき解す事が出来た様だ。
「さてと、明日のピクニックの予定を話しておくか。後1時間もしない内に夜
が明けるが、その前に空になった燃料を補給しておかなくてはなんね。アンド
リューの説明だと簡単らしいが、パイプラインに管を差し込んでナフサだけを
成分抽出するらしい。10時間で満タンにしてくれるが、ウインドは自分で拭
いてくれ。太陽が沈んだら行動を開始する。ここから200マイルでラフハ北
部の国境線に到着する。我々は軍服と兵員輸送車を調達してからレディーを迎
えに戻るので、化粧室にでも隠れていてくれ。その後はアラーの神に加護を祈
るだけだな。十分休養を取ってくれ。」
高村は武田の話が終わるのを待っていたように立ち上がり、船の積載荷物の中
から長いホースと給油装置を取り出した。ホースの一端を船の給油口に繋ぎ、
パイプラインまで伸ばした。装置のカバーを外すと、口径の大きい短銃と30
cm程の2カ所に穴の開いた注射針の形をした挿入管が入っていて、短銃の銃
口にそれを入れ、パイプラインに打ち込んだ。装置に船からのホースを繋ぎ、
装置からの2連管を挿入管に繋いだ。パイプライン内の圧力で成分抽出が始まっ
た。隣で同じ様にホースを繋いでいた武田は順番を間違えて、
身体中に原油を浴びていた・・・。

Posted : 94/05/23 22:19
Subject: 本業は坦々麺でおま

「ウワッ!」
と驚いて武田は急いでホースに指を突っ込んだが、すでに全身真っ黒になって
いた。
「ペッペッ!飲んじまったよ。あーまじい!」
「おやおや。さすがのドン・ファンもかたなしですな。しかしその匂いでは相
手に気付かれるおそれがありますねえ。しかたがない。エメラルダを連れてい
くしかないか。しかし・・・」
と高村はルビーとディアマンテを交互に見た。
「心配だなあ・・・武田さん。明日は一日中行動ですから、今日は体を休めて
くださいよ。そうそう、彼女たちも充分休養させてくださいよ・・・いいです
ね。」
「・・・ん?・・・うん。わーったわーった。」
武田はすでにうわの空だった。見るとすでに磁針は150度付近からCCWで
あった(ローテーターね)。高村は内心舌打ちしたが、長幼の序を重んじるの
は彼の遺伝子に深く刻まれているツングースの掟であった(なんのこっちゃ)。


「へっへっへっ、だんはん、お困りのようでんな。」
と揉み手をしながら中腰で「あきんど」のように北田が近づいてきた。
「だんはんだんはん。えーもんがおますがな。」
「そうか!その手があったか!では坦々麺を・・・?」
「へっへっへっ!そこはわしも千歳屋でおます。いついかなる場合も備えを欠
かしたことはおまへん。テスターもちゃんと持ち歩いてま。」
「お、お願いします。特急で。」
北田は太くて短い指を広げて自分の胸をドンと叩いた。
「ゲホッ!・・・あんじょうまかしときなはれ。わても本所松井町にその人あ
りと言われた江戸っ子でおま。ようがす。義を見ておさるは高崎山とやら。ゲー
万に(GKYだね)負けときやしょう。」
「えっ?金を取るの?しかしあんたいったいどこの生まれだい?」
北田はにわかに狼狽した。
「ば、ばかな事ゆうたら、とろくしゃあでかんわ、もとい!なんちゅうことを
おっしゃりまんこのちじれっけ、もとい!・・・」
「まあいいや。甲賀さんが払うだろう。頼むよ。」
「わかりやした。親方!(スネークマンショーだね)。」
北田はどこから出したものか、2個の製品をあっというまに二人に装着した。
「なかなかフィットするでしょ?では鍵は・・・」
「私が預かろう。」高村が三号艇のコンソールボックスに納めた。
武田はトカゲ眼になっていた。

Posted : 94/05/25 20:33
Subject: ワカラナイ・・ノ 教えて!

コンソールボックスと船にロックをして高村はドアキーを胸のポケットにしま
う。   砂のキャンバスに前衛絵画を描く風の一吹きで姿を隠してしまう。
ましてや三日月の夜、砂漠での落とし物は、それを再び自分の手中に取り戻す
事は不可能に近い。

暗闇で灯火を囲む各々の瞳が、ただ一つの光を見つながらそれぞれに想いを巡
らせる。静寂があたりを包むと耳に届くのは砂漠を渡る風の音のみ。時折つむ
じ風が舞うのだろうか、小石が巻き上げられ岩の上に落ちる。森の野営と違い
木の葉の動く気配も獣の声もなく見上げると満天の空に輝く星のまたたきが響
きとなって降り注いで来るかのように感じられる。高村の砂を踏む足音が近づ
いて来た。一度立ち止まり、視線が自分の居場所を求めて動いたが北田と武田
の間の充分すぎる空間には留まらずに2〜3歩足を進めてルビーとディアマン
テの隙間に身体を滑り込ませた。昼夜の温度差は激しく、あかりの上にかざす
手の温もりが束の間ではあったが行動中の緊張感を忘れさせてくれた。

突然沈黙を破りルビーが口を開く。好奇心旺盛な気質は聞かないではいられな
いらしい。『タンタンメン!なんだか不思議な言葉の響き。あなた方の住む所
では日々の生活の中にこんな物が存在するの?チトセヤは貴方の分身なの?キ
タダ。』
男達は互いに顔を見合わせ誰もすぐに口を開こうとはしない。目で笑いながら・・・。

『およしなさいルビー。彼らを困らせては・・・・』
エメラルダは一家の中で年老いた父を補いまた若くして世を去った母の代わり
を務めた事を感じさせる口調で妹をたしなめる。
『だって・・あなたの身には直接被害がないから、そう言えるのよ。』
『・・・・・』
『ディアマンテ 化粧室かい?』
さりげなく席をはずす彼女の背中を高村の声が追う。
『大丈夫。みんなの声が届かない距離には行かないわ。夜は星との会話が必要
なの。』 『夜道は危ない。ナイトを一名お連れになりませんか?僕の手の中
で暖められたブランデーもかよわき命を守るお役に・・・・。』
彼は立ち上がり、武田と北田のマグカップにブランディーを注ぎ足した。
『さぁ〜て、ドクタールビーに坦々麺の御講義を申し上げるのは誰の役目かな?』

酔いがまわり始めて少し目じりが下がった武田と北田に言い残し、瓶とカップ
を手に闇に消えた。

Posted : 94/06/05 19:40
Subject: おいしい?坦々麺

「北田さんは、私の名前と私が『医者もどき』ということを忘れているようね」

ルビーの白魚のような細い指(こればっかりね)に、小さなメスが握られてい
た。
「これは、強力なレーザーメスなの、最近のは非常に性能がいいのよ、革なら
当然、金属だって・・」
「ルビーさん、君は何と素晴らしい女性なんだ、尊敬します。」先ほどまで、
ルビーに悪態をついていた武田が、ルビーに抱きつこうとした。ルビーはその
武田の腕をスルリとかわした。
「武田さん、その重油の臭いを・・ここに、医療用の強力な洗浄剤があるわ・・」

「あ、はい、早速洗ってきます。それと、・・私は機械に弱いので、申し訳な
いけれどそのレーザーメスでディアマンテの坦々麺を・・・」
「分かったわ、だから早く・・」
(「ひひ・・これで、よし。ディアマンテのをルビーちゃんが処理して、ルビー
ちゃんのは・・外せないということにすれば・・奴らが帰ってくるまで、えーー
と、200マイルの往復だから・・んーー、ま、6時間は・・・、その間は、
あのディアちゃんと・・」)テントの裏で裸になって、体にこびりついた重油
を落としながら、武田の顔は思わず、緩んでいた。その磁針は・・・
「大体、索敵なんていう行動は、この俺様のやる仕事ではない・・わざとミスっ
て、油を浴びるとは、・・我ながらいい考えだった。」大きな声の独り言だっ
た。
「武田さん!」
突然、きつい詰問調で名前を呼ばれて驚いて振り向いた武田の目の前に、高村
が立っていた。その横には、美しい顔の眉間に皺を寄せて武田の体に目を背け
るようにして、エメラルダが立っていた。
「こんなことだと思ってましたよ、まったく貴方っていうひとは・・」
「いや、この油は落ちなくて、きっとこの洗浄剤は不良品・・・」
「武田さん、見苦しいわよ、さ、早く、その醜いものを隠して下さい」エメラ
ルダがバスローブを放った。

Posted : 94/06/08 23:19
Subject: 片玉無料

「エメラルダ」
「なに? 高村」
「すまない。誠意を持って作戦に参加してくれている君達に・・・・」
「いいのよ高村、キャンプを出る時に父に言われているの、『命に代えてもセ
ルゲイの息子を守れ』と・・・」
「何故それ程まで私を?」
「父はセルゲイに何度も命を救われた様です・・・。私が武道や武器の扱いを
父から学んでいた頃、何度も『セルゲイの様に強くなれ』と言われました」
「あの〜ぉ、お話中申し訳有りませんが、ブリーフのスペアは有りませんでしょ
うか?」半ば呆れている高村は、坦々麺を武田に投げつけた。
「仕方ない、私と北田さんで行って来る。明日の朝までには戻れると思うが、
もしもそれまでに戻らなかった時は作戦を中止してキャンプに戻れ」
「武田さんはどうするの?」
「考えてあるさ」

一号機が砂塵を上げて浮上し、闇に消えて行った。
残された武田は4本の杭に手足を縛られ、坦々麺から「片玉」がはみ出ていた。

女達はボールペンの先でそれを突っついて遊んだ・・・
「高村の、武田ちの行動になんぼか不審な所が有ると思わんと?」(何処の生
まれじゃ)「不審な点など無いと思いますよ。ただ・・・、いや、体質でしょ
う・・・」
高村はヤッファを出るときに甲賀に言われた言葉を思い出していた。
『高村、この作戦に参加したEC各国も、水面下では独占的な利益を期待して
いる』
「今は武田を信じる事だ」自分に言い聞かせる様に呟いて、スロットルを一杯
に押した。
Posted : 94/06/09 00:47
Subject: それらしくなってきた

ラフハはネフド砂漠の北端に位置して、パイプラインが最もイラク国境に近い
場所である。あたりはごつごつした岩山になっている。ラフハのわずかな明か
りが見えるあたりで二人はホバークラフトから降りた。断熱迷彩シートでくる
むと、10mも離れると全く岩と見分けがつかなくなった。約1時間をかけて
ゆるやかな岩山を進むと、わずかな谷をはさんでイラク側の駐屯地が見えた。

いかなる国の軍隊といえども、最も奇襲を受けやすい時間は午前4時であると
言われている。歩哨が交代を前にして眠気がピークに達しているからである。
ラマダンが明けたばかりで、月は指輪のように細い。降るような星空も人影が
見える程には明るくない。この時期がアラブ人の緊張が最もゆるむことを計算
しての作戦であった。

基地とは言っても周辺を鉄条網で囲っただけの簡単なものである。カマボコ型
の宿舎が2つあって、装甲車が2台、ジープが1台停めてある。敷地の奥には
土嚢で囲まれた兵器庫らしい建物がある。兵器庫の反対側の屋根にイラク国旗
が立ててある小さな建物が司令部のようだ。ゲートとおぼしきあたりに2人の
歩哨がいるが、座り込んでいる。暗視スコープで見ても駐屯地のなかに警備の
兵士は見えない。

「まあ一個小隊というところだな。30人くらいか・・・。」
高村は特製のサプレッサを先端に装着したM40−A1を岩に固定して約20
0ヤード先の歩哨に照準を合わせた。北田はそれを手振りで制した。
「殺すのはまずい。私がなんとか眠らせよう。」
「いくら拳法の達人の千歳屋といえども、二人の相手を気付かれずに倒すこと
はできないよ。今回は私にまかせてもらおう。」
北田が止める間もなく、高村は無造作に2発発射した。北田は以前甲賀に聞い
た話を思い出していた。

−「・・・セルゲイはまるでスプーンを使うようにやすやすと武器を扱ってみ
せた。400ヤード先のコインを簡単に撃ち抜いたと・・・」−

強いすかしっぺのような音しかしなかった。見た所歩哨には変わったところは
なかったが、頭が膝の間に垂れていた。北田が初めて他人の命を奪ってしまっ
たことによるショック状態で立ちすくんでいると、高村が背中を強く叩いた。
「しっかりしろ!そんなことでどうする!今のはペントバルビタール溶液をコ
ラーゲン繊維でできた極細のカプセルに閉じこめた弾頭だ。奏功時間は約一時
間、後は虫に刺された程度の穴しか残らず、カプセルは体内に吸収される。」
「では・・・」
高村はツングース系の横顔でにやりと笑った。
「自衛隊が人殺しの道具なんか持ってるわけないだろ。」

Posted : 94/06/12 16:20
Subject: 待つ身の想い

「みんなが出発してから どれ位たったかしら・・・」
テントの小窓のファスナーを開け星の動きに目をやる。東の空がやや白み始め
たような気がするのは無事の帰りを待ちわびる気のせいだろうか。     
      
二人共ホバークラフトが去った方向に身体を向けテントの中で言葉少なげに座っ
ている。「悪い予感はしないわ。大丈夫!だと・・思・・う。」
夜明けまでに戻らぬ場合はキャンプに帰れと残された言葉がよみがえり、不安
の色を隠せない。出発間際に肩に乗せられた手の温もりと自信に満ちた目の光
り、そして言葉が暗い闇に待つ身の心の支え。
「姫君達へのお土産は何に致しましょうか?深紅の薔薇一輪を髪飾りに。それ
とも朝食のデザートに新鮮なフルーツを?」悪戯っぽいウィンクと笑顔が思い
出される。
「きっと、無事・よ・・ね。・・・・」
「泣かないのよ!」
優しく叱られ末の妹は姉の背中に頬を寄せて暫くの間甘えていた。

闇の中、遠くで獣の遠吠え・・・。 近くで2〜3回のクシャミ。
二人は顔を見合わせて
「あら!そういえばMr.タケダ!!」

Posted : 94/06/19 19:05
Subject: 略奪作戦その1


「ほぉ、若いな、こいつらは」
倒れたイラク軍の兵士を素早く岩陰に引きずり込んだ高村が、兵士の顔をのぞ
き込んだ。見ると、まだ16か18歳ぐらいだろうか、つやつやとした肌の可
愛らしい若者2人だった。高村は、彼らの軍服を脱がしにかかった。
「だんさん?!」
しぶしぶ高村に従って歩哨の服を脱がしていた北田が低く叫んだ。
「どうしたのですか・・・ん?」
高村の手が歩哨のシャツを脱がしにかかって止まった。
「お・ん・な?」
イラク軍の歩哨はどちらも若い女性だった。
「どこまで脱がせれば・・・いいんですか。」と言いながら、北田は既に横た
わる女歩哨のTシャツを脱がし上半身を素っ裸にしてしまっていた。こういう
ことにかかると、驚くほどの早業であった。
眩しいほど真っ白な裸身が夜明けの月明かりの下に晒されていた。みごとにく
びれたウェスト、水密桃のようなみずみずしくはちきれんばかりの乳房に北田
の視線は釘付けになっていた。
「北田さん、・・そこまでしなくとも・・」
そういいながらも、高村の料理(?)の手はもう一人の女兵士のベルトを外し、
素早くそのズボンを脱がしていた。女兵士の下半身が露になった。女兵士はそ
の下半身を覆うものを全く着けていなかった。ゆったりと波打つ白い砂漠に微
かに繁る薄い若草が吹き抜ける風にそよいだ。
「イラクの物資不足も相当なものらしい・・・」

Posted : 94/06/21 20:40
Subject: サーチライト

奪った軍服をザックにしまい込み、立ち上がった二人の腰は引けていた。
「あの兵器庫をのぞいてみましょうか?」
高村はヘッケラーコッホのチェンバー内に初弾を装填し断熱帯が巻かれいてる
サプレッサを確かめるように締め込んだ。
「私から離れないで下さい。」
「いいですね!」
「北田さん!?」
「・・北田さんは脅えて返事も出来ないのであろう・・」後ろを振り向くと、
先ほどの女兵士でお楽しみであったが、既に彼は済んでいた。(?)
苦笑しながら「・・僅か一個小隊程の人数であれば、全てを片付ける事も難し
い事ではないが、事後の作戦に与える影響を考慮すれば、なるべく後を残さず
に行動しなくてはならない・・」そう自分に言い聞かせる高村同様、北田も
「ゴム」を使っていた。(??)
ゲートから30m程先の武器庫に腰を屈め小走りに近づく寸前、腰の力が回復
していない北田は砂に足を取られ転んでしまった。不審な物音に監視塔のサー
チライトが点灯され、二人の後を追う様に近づいて来た。既に兵器庫の陰に身
を隠した高村の1m程手前で転んでいる北田の襟を素早く掴んで引きずり込ん
だが、僅かに北田の脚先をライトが照らした。息を殺して潜む二人はサーチラ
イトが通り過ぎ、やがて消されるのを見て溜息をもらした。 兵器庫の扉に鍵
は無く、易々と入り込む事が出来た。ポケットライトの丸い光に照らし出され
る品物は、想像に反して小麦や紅茶の袋が積まれていて、兵器庫と思われたそ
こは、備蓄庫のようでであった。積み上げられた段ボール箱を幾つか開くと、
医薬品や真新しい軍靴や軍服もあり、二人は自分に合うサイズを探し始めた。
その時!突然部屋の明かりが灯された。
まだズボンを履いている途中の高村と、靴紐を結んでいる途中の北田は、予期
せぬ出来事に、口を開けてドアの方向を見上げた。其処にはラマダン明けで朝
食を待てなかった若い兵士が一人、AK−47の銃口を二人に向けて立ってい
た。その兵士にしても、携帯食料をくすねるつもりで倉庫に来たはずが、見慣
れぬ者が着替えている所に出くわし唖然としていたが、二人の側に置いてある
武器が目に留まると、ライフルを構え直し、飛びかかろうとしている北田に照
準を合わせた。
「北田さん、この距離では彼も外さないでしょう」
内股で攻撃態勢を取っていた北田も、渋々手を上げた。銃口でこづかれながら、
手を頭の後ろで組まされ、膝を折って壁に向かわされた。
「覚悟はしていたんやけど、どうなりますんやろか?」
「たぶん、スパイ容疑で銃殺ですね・・・」
兵士は二人に銃を向けたまま、側にある段ボールの中から幾つかの携帯食料を
ポケットに突っ込んでいる。緊急連絡より空腹を満たす事を優先した様だ。

半ば諦めかけた二人の後ろで、小さな呻き声と共に何かが倒れる音がした。
「何時まで、そんなかっこしてるんだ。ムッシュー!」
手を頭の後ろで組んだまま振り向くと、鼻水を啜りながら苦笑している武田が
居た。
「ゲートの外に倒れていた二人とコイツはどう始末する積もりだ?」

Posted : 94/06/21 23:13
Subject: あぶなく「貯っ金」

「武田さん・・・いつのまに・・・」
と高村は思わず武田の毛髪に眼をやったが、夜明け前の暗さでははっきりしな
かった。
「本来なら指揮官に対する反逆罪というところだが・・・まあ、その、私にも
至らないところもあった。まあ今回は大目に見よう・・ヘー・・へー・・・
(クション)」
と武田は手に持った坦々麺の残骸で音を殺した。北田は暗澹とした顔でびちゃ
びちゃになった自らの作品を見ていた。
「し・しどい・・・!どうせなら鼻水じゃなく・・・」

高村はろくに照準も合わせずに、床に倒れている若い兵士に麻酔弾を撃ち込ん
だ。
「大丈夫だ。このペントバルビタールには健忘作用というやつがある。この分
量なら導入時の記憶は失われる可能性が高い(これホント)。そんなことより、
ポケットに食料を詰め込んで寝ているところが発見されたら・・・そう、コー
ランで言うところの、眼には眼を、ってやつだな。」
「ん?なんじゃそれ?わからんことゆうたらだちかんど。」
「つまり他人の眼をつぶしたら自分の眼をつぶされる。そして、他人の物をとっ
た手は・・・」と右手で左手首を切る真似をした。

「Oh!God!」北田の磁針は最高速で180度にCW(またローテーターね)だっ
た。
「でででででは・・・ももも・・・もしもしもし・・・(電話かおまえは)」
「北田さん、落ち着きなさい。」
「もし、その・・・人の女に・・・そのあの、ナニを・・・」
武田と高村は右手でチョキを作ると「貯金!」と動作を揃えてにやりと笑った。

北田は「コケコッコー!」と言って80cm飛び上がった。
「もう長居は無用だ。スルこともしたし、帰りましょう。」
武田は蛍光時計を見た。
「そうだな。もう夜が明ける。私がここまでホバークラフトを使ったから、ジー
プは一台しか持っていけない。日が昇る前に帰らないと。高村君運転してくれ。」


なんとか3人でジープを駐屯地から押し出し、サウジ国境に近いところで高村
はエンジンをかけて全速力で国境の向こうに逃げ込んだ。銃撃もある程度予想
していたが、なんの反応もなく、あっけないほど簡単にホバークラフトを隠し
た場所に帰りついた。
「北田さん、つかの間とはいえ私の恋人同然のシルバーアロー号をお願いしま
す。傷物にでもしたら・・・」高村は鷹の目で北田をにらみつけた。
北田は真剣に聞いていなかった。
「へいへい・・・えーっとOWAREBA・・・あとなんだっけ?TANIN?ちょっとち
がうなあ。BAIBAI?ちがうなあ。まあいいや適当で。」
「ちょーっと待て!」
光速ですっ飛んできた高村が横からキーボードを叩いた。ツングース系の広い
額に緊張の汗が光っていた。
「気をつけてくださいよ。3回で自爆するんだから・・・」
「へいへい」
北田はなーんも聞いていなかった。

Posted : 94/06/24 23:52
Subject: 長すぎる足は・・災いの元

砂埃の中ジープが遠ざかっていく。
ホバークラフトもすでにスカートを一杯に膨らませ操舵レバーに力が加わるの
を待っている。並んだマシーンの中から二人は目で合図を送り合い互いにうな
ずいて・・・
まず1号艇が、次に3号艇が小さな砂嵐を巻き上げた。

腕前を発揮する事もなく準備も整いつつある。と北田は胸の中で呟き ほんの
僅かづつだが今までの張りつめた緊張感が緩んでいく。
闇の中で前方に光るのはジープのテールランプ。その赤い2つの光が上下運動
を繰り返し見え隠れして地形の起伏の激しさを想像させる。
この岩場を越えれば女達の待つ場所へ帰り着いたも同然。と、その時・・・
軽いショックと共にマシーンのスカート部分の異常を知らせる警告灯が点滅を
始めた。
「おい!BARENAKYA聞いてるかい!!」
軽い言葉とは対照的なきつい口調が1号艇のスピーカーを振動させた。
「あ〜ぁ もぅちょっとだなぁ〜。でもね、やっぱし・・・・ね、自分のマシー
ンは最高だよなぁ〜。おまえ達が1号機で出かけてしまったので仕方なくさっ
きは3号機を使ったが、やはりコレの方がパスワードも僕ちゃんにピッタシだ
しぃ〜・・・」
武田は3号機から送られてくる語調の険しさをまるで感じとっておらず鼻歌ま
じりで応答をする。
「とりあえず停止!マシーンに異常発生!すぐ来てくれ。」
北田は必要事項だけを短く伝え返事も聞かずに外へ出た。先行していた武田は
ゆっくりとUターンし、北田の手元をヘッドライトで照らす位置に1号機を停
止する。
「帰り道という事で油断してしまった。千歳屋の名前が泣くなぁ・・。」
岩場にスカート部分を接触させたらしい。亀裂が出来、空気の漏れ出す音が聞
こえる。
工具箱を広げながら北田の独り言は続く。
「こんな精密な工具は必要ないな。
こんなもんねぇ・・自転車のパンク修理とおんなじ・・よ!!」(本当か??)

修理箇所を手で満足げにパンパンと叩き、後ろを振り返って見学者に言った。
「武田さん 試験しますのでエンジンを始動してみて下さい。」

武田はドアを開け腕を伸ばして始動ボタンを押す。その後、身軽い動作で3号
機に飛び乗った・・・が、長すぎる足が災いを引き起こした。
ブーツの先がキーボードの上をギリギリの線で通過したかに見えたがモニター
にはパスワード第一文字“H”と表示された。キーボードに触れてしまったら
しい。
「おっと・・入力ミスなのね。えーーと、何だっけ?パスワード。さっきはデ
ィヤマンテに頼んだし・・・。あの時はフワフワの耳たぶに見とれていて・・・。
いやぁーーアレは可愛かったなぁ。」
回想に浸る武田を北田がせかす。しかし2人共パスワードを正確に知らず・・・。

0WAREBA の次は TNIN じゃなく SENAKA でもなく、斬新に FUMIENO 
SCREENSAVERなどと言いながら半分は遊びの気分のチャレンジが続き・・・
突然赤いランプ点滅し、警告音がせわしなく鳴り響き、モニターには60の字
が表れて1秒毎に数字を減らしていく。3度の入力ミス、自爆のカウントダウ
ンが始まったのだ。

一人がもう一人を引きずるような形で(闇の中判別不明)1号艇に乗り込み、
武田はスロットルをいっぱいに押す。5秒位たっただろうか・・・。
鈍い爆発音、岩が砕け飛び散る音などが空気の振動で伝わり光が前方に広がる
岩場の様子を照らし出した。

暫くの後、北田が口を開く。                      
     「シルバーアロー号の昇天の件、高村への釈明を頼みますよ。」
別れ際の高村の表情を思い出し心が重くなる。だが武田は呑気な調子で答える。

「説明?原因は私の並外れた運動神経と長すぎる足。これなんですよ・・ね。
まぁ〜高村もシルバーアロー号にいつまでも執着しないでしょう。パスワード
が示すように・・・。それよりも・・
少々急がないと高村だけが先に着いて美女達からの祝福のキスの嵐を独り占め
しないとも限らない。」


Posted : 94/07/09 21:03
Subject: なまけていては、叱られる

高村の運転するジープの後方に、大音響と共に閃光が走った。
「やべぇー、イラクの野郎達、意外と気付くのが早いな」何事も良い方に解釈
する、それは高村の生まれ育ちのなせることか。
高村は、砂漠の中、ジープの速力を時速100マイルに上げた。ほとんど、空
中を翔んでいるような気分だった。
「北田さん達は大丈夫かな」(自分の愛機ホバークラフトを壊されたというの
に、どこまでも、お人好しの高村であった・・・)
  ほどなく、居留地のテント(俺達は難民か・・・)が高村の視界に入ってき
た。白々と明けかけた風景の中に女達が嬉しそうに(?)手を振っているのが
見える。
派手にテールスライドさせ、車を止めた高村に女達が飛びついてくる。・・・
と、思って両手を広げた高村の側を3人の女達はすりぬけた。
「え?」きょとんとした高村をよそに、女達はジープの中をのぞき込み必死に
誰かを探しているようである。
「ミスター北田は?どうしたの?戦死?(おい、おい、まがりなりにも主人公
なんだから、そんなに早く殺すなって)」
「後から来ますよ、一体どうしたんですか?」
「ミスター北田のタンタンタヌキ・・(?)」
「担担麺?」
「そう、そのタンタンをふざけて弄んでいたら、ほんとに外れなくなってしまっ
たの」
「・・・・!!・・ばかばかしい、私達が死にそうな目に遭って車や軍服を調
達していたというのに」

「さぁ、ひと休みするか、ぐっすり寝て、目を覚ましたら、いよいよ、本能寺
に向かって出発だ(古いっての)!」
女達は、近づいてくるホバークラフトに激しく手を振っていた。

Posted : 94/07/27 02:24
Subject: 遅れてしまった・・

ターボプロップのエンジン音が萎える様に小さくなり、うつむきながら武田と
北田がコックピットから降りてきた。騒ぎ寄る女達の異常な眼差しから事態を
敏感に感じ取った北田は棚ボタ的な事件に好色なスプリアスが下半身から発射
していた。
女達に囲まれた北田を後目に、足どりも重く高村に歩み寄る武田であったが、
首を傾げながら両腕を広げている彼の顔からは不信感と云う抑圧の為か怒りの
3倍高調波が見えかくれしている。
「先ほどの攻撃で、1機失ったのですか? お二人ともお怪我も無く良かった
ですね?」「あの〜ねっ・・・。」
「ここで、一人でも失うと今後の作戦行動に多大な影響が出ますからね!」
「う、うん。良かった、良かった。 明日からはいよいよ敵地に乗り込むから
寝よう。」「了解しました。大尉。」
敬礼をしてテントに向かう高村に武田が一言伝えた。
「高村! 洗濯物があったら出せ。ついでに洗っておくぞ!」
武田はイイ奴であった・・・。

1990年12月24日、准将一名と共和国防衛軍の制服を着た兵2名が娼婦3人を乗
せて砂漠の国境を通過した。

Posted : 94/07/27 22:19
Subject: 何かがおかしい

共和国防衛軍の服を着ているとはいえ、3人の顔かたちはまぎれもなくモンゴ
ロイドのものである。いくらかでもアラブとして通用しそうなのはツングース
の血が混じった高村だけであろうか。できるだけ人目につかないように夜のう
ちに移動して、昼は岩だらけの丘陵地帯に貧弱に生えた潅木の間でキャンプし
た。

イラク領土に入ってから3日目、12月26日の深夜に一行は「イラク第19州」と
なったクェートとの境界線付近にいた。さすがにすべての道に検問所が設けら
れている。幾度かそばを通り過ぎて検問所を観察してみたが、いずれにも共和
国防衛軍の黒いベレー帽が見えた。寄せ集めの人民軍と違って、この連中には
下手な作り話は通用しない。
「武田さん、どうしましょうか。」
「うむ。幸いな事にイラク側からの人間にはそれほど警戒していないようだ。
私はイラクの情報機関ムハバラトの対外撹乱担当というストーリーになってい
る。」
「彼女達は?」
「占領下のクゥエートで激化する一方のレジスタンスを探し出すための囮だ。
全員ムハバラトの中尉という身分証を持っている。」
「あのー・・・」と北田が聞いた。
「私の役割は一体・・・?」
「そうそう。それなんだ。高村君も知っているとおり、カバーストーリーとい
うやつはできるだけ真実に近い方がいいのだ。ここではすでに200人以上のレ
ジスタンス、はたして本物かどうかすら怪しいものだが、が秘密警察AMAM
の拷問で殺されている。」
ここで武田は犬歯を見せてにやりと笑った。
「千歳屋さん・・・そりゃーむごいもんですよ。」
北田は急にこみ上げてきた尿意をこらえながら言った。
「や・やめてください。私は子供の時に広島のヤーサンにからまれてから、
『指を詰められる』夢を今でも見てうなされるくらいで・・・」
「おや?拳法の達人がずいぶんと気弱な。まあそういうわけで、あなたは日本
から来た鍵と金庫のプロフェッショナルということになっています。」

クゥエートの中心部に向かう検問所を武田はなんなく通過した。中尉の階級章
を付けた検問所の隊長は、武田が命令書を示して小声で話をすると、態度が一
変した。まるで誰も存在しなかったかのように目をそらせて一行を通過させた。
明らかに強い恐怖心にとらえられているのがわかる。
「武田さんはアラビア語もできるのですね。」
「まあ、たしなみでね。」
高村は最初から感じていた疑念が次第に自分の中で大きくなっていくのを感じ
ていた。どうもおかしい。パイプラインの一件といい、ホバークラフトの件と
いい、とてもミスを犯すような人物でないだけに・・・。

(みかん・・いや、未完)