これはちょうど10年前に書いたもので、私が偏愛している担担麺について
解説したものです。私の俳号である「担担」もこれから来ていて、
「雑踏の誘惑」にもあるように、屋台でこの印を彫ってもらうのが楽しみの一つです。


担々麺の基礎知識

担々麺は、どなたも一度は食べたことがあると思いますが「四川風からしそば」
などと書いてあります。日本における四川料理の歴史は、昭和27年に陳健民
さん(昨年亡くなられました)が来日して、赤坂に四川飯店を開いたところか
ら始まります。この陳健民さんは厳密な料理人の資格制度をとっている中国で
「大厨師」という最高位を極めた人で、この技術を日本に持っていくことで裏
切り者あつかいされたという話も伝わっています。以後40年(JARL再開
の歴史と同じですね)四川料理は日本全国に広がりました。一般に四川料理は
辛い料理として知られていますが、陳健民さんは「四川菜は家庭の味です」と
言っていますし、ただ辛いだけでは料理の名に値しません(実際、そういうの
が多い)中国でも「食は広州にあり」と言いますが、結局一番おいしいのは四
川料理であるともよく言います。四川料理で麻婆豆腐や海老のチリソースと並
んでよく知られているのが、担々麺です。担々というのは「屋台」のことです。
例の「ひいふうみいよう、今何時だ?」の「時そば」に出てくる、あの肩にか
ついで歩く屋台を想像すると、字の意味がわかると思います。屋台で簡単にで
きて、厳しい冬に体があたたまる、そのようなコンセプトでできた麺なのでしょ
う。で、この文章は一体なんなのか、と思われている各局、誠にもうしわけあ
りません。最近はおもいっきり自分の趣味に走っています。次回は「担々麺の
実際」を送りますので、よろしければお読みください。

担々麺の実際

私は15年前にはやせていたのです。それがいかにして今の体型になったかと
いうと、四川料理に出会ってしまったからなのです。麹町4丁目の交差点に、
新卒の私が勤務した医院があり、その向かいに「登龍酒家」がありました。こ
この四川料理は、それほど高くない割に、たいへんおいしく、ランチも8種類
あって、同僚たちと違う種類を注文して皆で食べると、ちょっとしたコースの
ようで、しかも御飯のおかわり自由ですから、私が今の体型になるまで、ほと
んど1年で充分でした。私はここに7年勤務しました(そりゃあ太るわ)。けっ
こういやなことの多い職場でしたが、私は四川料理の魅力にはまってしまって
いたのでした。この「登龍酒家」の人気商品が担々麺でした。初めて食べると、
あまりの辛さに口の中の収拾がつかないほどなのですが、その奥にかくされた、
上品なスープのコクと、細目の麺に乗っている、そぼろ状の挽き肉の甘みが中
毒性をもっているのです。人間の多い職場でしたが、この麺の中毒にならなかっ
た者はいませんでした。ある友達などは、辞めて大分に帰ったあとも、わざわ
ざ飛行機でこれを食べにきたくらいです。私も辞めたあと、色々な店でメニュー
に担々麺の字を見る度に試してみたのですが、ついにこの味に出会うことはあ
りませんでした。前節でも話の出た「四川飯店」(ここは旧赤坂プリンスの向
かいあたりにあって、こちらにも徒歩5分でした)も、さすがでしたが、私は、
担々麺に関する限りは「登龍酒家」に軍配を上げたいと思います。さて、店で
簡単に食べられないとなると作ってみようと思うのが人情です(私だけ?)。
というわけで次回は「担々麺の実技」です。もう、人に読ませようなんて思っ
てないもんね。

担々麺の実技

さて、麺類は、スープと麺と具からなっていますが、このなかで決定的なのは
やはりスープでしょう。スープが駄目だと、どんなにいじってもどうにもなり
ません。スープというのはアミノ酸で「こく」が決まります。肉類、海産物、
植物の組み合わせで作るわけですが、鳥ガラ8に豚骨2の基本に、葱、生姜、
昆布、するめ、白菜、煮干し、などを組み合わせ、花椒、八角、にんにくなど
をブーケガルニの要領で入れます。ただし、これだけは絶対にプロにはかない
ませんので、あきらめて、できるだけ上品な味に仕立てるようにします。さて、
景徳鎮のどんぶりに(やはりここは薄手の器がよろしい)搾菜、ねぎを細かく
みじんぎりにして各大匙一杯程度入れておきます。これに醤油大匙三杯、芝麻
醤大匙二杯、辣油大匙一杯、胡麻油大匙一杯、味の素少々をいれて混ぜあわせ
ておきます。それとは別に一握りの挽き肉を、油で炒めながら、甜麺醤、酒、
塩で味をつけます。これが具になります。大鍋にたくさんの水を沸騰させて、
細目の麺とほうれんそうを一緒にゆでます。差し水などしてゆであがりました
ら、さきほどのどんぶりに熱いスープをそそいで混ぜ合わせ、麺を丁寧に加え
て、上にさきほどの肉を盛り上げます。周辺にほうれんそうをかたち良く配置
して出来上りです。どうです?見た目は全く「登龍」の担々麺です。味は・・・
まあ、なかなかむずかしいものがありますが、そこらへんの「担々麺もどき」
よりはるかにましです。なにしろ、このレシピは、あの陳健民先生のものなの
です。しかし、作れば作るほど「プロは違う」と思わせられる一品です。さー
て、これを最後まで読んだあなた。私と「登龍」の担々麺を食べに行きません
か?(ただし日曜休み)