雑踏の誘惑
これは歯科大学同窓会支部のメーリングリストに連載したものを元にしています

武夷山への道

北村 家康


準備

今回は「茶」の話です。前回の ジャンクは自分でも「ここまで凝っている人間は少ないだろう」という一種の 自負がありましたが、今回はちょっと心配しています。歯医者は凝り性の人間 が多いのと、なんせモノが嗜好品ですから、この分野で一家言をお持ちの先生 は非常にたくさんいらっしゃると思うからです。

最初にお断りしておきますが、私はビールやワインのテイスティングのように、 細かい味や香りの違いを味わい分けることなど一切できません。ですから「リ ヨンの僧院の井戸についた苔の香り」とか「雨に濡れた犬のにおい」など全く わかりません。ですから「私にとっておいしかった」という100%主観的な書き 方しかできません。

しかし、自分ではとてもおいしいと思っているラーメン屋を他人にけなされる とちょっといやな気持になるように、主観的な評価というのは思わず他人を傷 付けてしまうこともあります。その辺を割り引いて「またなんか言ってるな」 と鷹揚な気持で読んでいただければ幸いです。と、今回はイントロで。

一煎目

私は物心ついた頃より、祖母に茶道をしこまれて育ちました。と言えば、たい そうな名家のように聞こえますが、やはり異常に凝り性だった祖父が、歯科医 院を開業した頃から茶道に凝りはじめて、明治人の家長らしく一家をすべて巻 添にしたというのが実のところなのです。むろん一番被害を受けたのは子供達 である父の世代でしょうが、孫の世代の我々もなにかというと茶道をやらされ ておおいに迷惑しました。

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小学校の高学年くらいになってくると、祖母が私を捜しに来る気配を察してう まく逃げおおせるようになってきました。と言っても3回に1回くらいはつか まって茶室に連行されていました。そのせいもあって、所作というのでしょう か、例の茶碗を二回回したり、しゃこしゃこ泡立てたり、というあれがすっか り嫌いになりました。ついでに、あのときに出される和菓子もことごとく大嫌 いになりました。

今、漠然と計算しても十年くらいはほとんど毎日やらされていましたし、祖母 も最後は茶道の世界ではかなり偉くなったようですから、真剣に取り組んでい れば私も茶道教室が開けるくらいにはなっていたと思いますが、一度も後悔し たことはありません。いまだに茶道は嫌いですし、作法も流儀も全く覚えるつ もりはありません。子供に無理やり芸事(まあこれが芸かどうかはおくとして) を仕込むのは一種の虐待の要素を持っていると思います。

ところが、虐待が心に傷を残すように、こういう習い事も意外なところに痕跡 を残してしまうのです。それは「五感のものさし」とでもいうべきものです。

ニ煎目

私の郷里は広島県福山市、瀬戸内海に面した地方都市です。私はこの地で産ま れて18まで育ちましたので、今でも鯛や穴子、ワタリガニなどの瀬戸内で獲れ る魚介類に関しては口に入れた瞬間にいいか悪いかわかります。そのかわりに、 太平洋で獲れる鮪や鰹や、鮭やタラバガニなどの北海の産物に関しては、うま いとは思うものの、決定的な違いはいまいちわかりません。それは米に関して も同じで、魚沼産のコシヒカリを出されても新潟の人のようには感動しないの です。

食物の味のような繊細な感覚は結局のところ、その人に備わった「五感のもの さし」でしか計れません。そして、このものさしは、いいところ10歳くらいま での間に育った環境を原料としてできあがり、ひとりづつ違った基準を持って いると思います。つまり、育った環境で、その人が味に下す評価は違うという ことです。ですから東京の人は関西のうどんの汁を薄いと思い、関西人は東京 のうどんを醤油に浸かっているようだと思ってしまうのです。そういうわけで すから、納豆や味噌汁で育ったヤツが「私の血管にはブルゴーニュワインが・・」 などと言うのを聞いたりすると「ウソツケ!」と思ってしまうのです。

ここで、急速に話を戻すのですが、東京でお茶と言えば、ほとんどの方は静岡 と反射的に思うのではないでしょうか。しかし、関が原より西ではお茶といえ ば宇治なのです。中国地方の食文化は完全に京大阪の影響下にありますから、 私の郷里でも「お茶は宇治」は常識で、裏千家の茶道も言うまでもなく京都の ものですから、茶道において宇治の茶を使うのは常識以前の問題で、実の所、 私は上京するまで一度も静岡の茶を飲んだことがありませんでした。

要するに、私の中で茶の味というのは宇治茶を基準として確立しているわけで す。ですから上京して一人暮らしをするようになってからも「どうも東京のお 茶はまずいなあ」と感じ続けていました。正直な話、これは今でも変わりませ ん。「それはいい静岡茶を飲んだことがないからだよ」という声が聞こえてき そうですし、本当にそのとおりでもあります。しかし、掛川に住んでいる従兄 弟が地元でも非常に評価の高いお茶を送ってくれたときでもやはりあまり感銘 を受けないのです。これが祖母の茶道が私に残した爪あとだと思います。とこ ろで、この祖母ですが、今年の3月に102歳で亡くなりました。実家の茶室には 祖父の写真と並んで祖母の遺影が飾ってあります。

三煎目

話は唐突に変わるのですが、大学の頃から私を強烈に捕えたものに「中国趣味」 があります。今となってはきっかけがなんだったのか自分でもわからないので すが、友人のアパートで参考書をみながら作った中華料理が発端のような気も します。大学で入部した少林寺拳法、数十回は見たブルース・リーの映画、独 習するようになった中国語、やがて激しく凝るようになった中華料理などがす べて私を中国世界にいざなってやまないのです。

誤解のないように言っておきますが、私は中華人民共和国そのものと、そこに 住む人については近年嫌いになるばかりです。4年前にピッキング盗に入られ たから言うわけではありませんが、靖国神社のことをがたがた言う前に盲流 (中国で食えなくて海外に流出する不法移民のこと)の犯罪をなんとかしてく れ、それにがたがた言うんだったらODAを返せ、と言いたい気持ちで一杯です。 その代わり、台湾については李登輝が総統になってからはずっと好意を持って 見ています。

ところで、さらに話はそれるのですが、中国には飲茶(ヤムチャ)というもの があります。最近は非常にポピュラーになってきて誰でも知っているのですが、 主に広東省あたりの風習です。朝の8時頃、香港の旺角(モンコク)あたりに 立っていると、どこから湧いてきたか、そこらへんのおっさんやおばさんが赤 新聞青新聞を手に、次々とビルのエレベーターに吸い込まれてゆきます。

これにつられて後をついてゆくと、ビルの3階で止まり、ワンフロアぶちぬき の広間に何百人という人がそれぞれ小さな円卓を囲んで、お粥や豆乳とか小食 (餃子、焼売など)を食べながら、おじさんは片手に芸能界のゴシップが載っ ている赤新聞から目を離さず、おばさんは威勢のよい広東語でしゃべりまくっ て、円卓の間を縫ってオカユや蒸篭を満載したワゴンが行き来して、そりゃも ううるさいのなんの、という、これが朝の飲茶です。

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話のそれついでに、飲茶のしかたについてレクチャーしてしんぜましょう、と いばるほどのこともないのですが。

まず席を確保します。人気店では立って待っていますが、ボーイに案内しても らうか、自分でさっさと確保するかは店によって違いますので、まず様子を見 ましょう。席につくと、ボーイがテーブルクロスを換えに来ます。このとき、 必ずボーイが何か聞いてきます。ここでおたおたする必要は全くありません。 聞いている内容は絶対に決まっているからです。それは「ヤム マッエー チ ャ?」で、相当する英単語に直すと「drink what tea」と「なんのお茶を飲む のか」を聞いているわけです。

これに対してはなんの愛想もなく「ポーレイ」とだけ言えばそれでOKです。 これは標準語で「プーアル」と読まれる普[シ耳]茶のことです。(この[シ耳] はJISにない漢字を表現するために偏と旁をカッコでくくるという方式で、 さんずいに耳を表しています)。ジャスミン茶がよければ「ヒョンピン」(香 片)、ウーロン茶なら「ソイシン」(水仙)と言ってみましょう。日本人には この辺が好まれるようですが、やはり飲茶では「ポーレイ」を飲むのが地元流 というものです。

あとは、次々に来るワゴンに乗っているものを指差して「イウ ニーゴ」 (need this one)といえばOKです。ワゴンが回っていない店の場合はテー ブルに注文紙が用意してありますので、必要なものに印をつけてボーイに見え るように合図すればOKです。 お茶は有料ですが、お湯はただです。遠慮なくおかわりしてください。ポット の蓋をずらしておくのが目印です。ちなみに、お茶を注いでもらうとき指先で テーブルをとんとんするという薀蓄がありますが、あまり見たことがありませ ん。充分に満足したら、ボーイではなくマネージャー(たいがい黒のスーツを 着ている、女性も多い)を呼んで「マイタン」と言って、席で勘定を済ませて ください。おつりに元以下の小銭があったら置いてくるのが暗黙のルールです。 なんか、もう話の軌道修正ができそうもないのですが。

四煎目

話がどんどんそれてしまったのですが、なぜ飲茶(ヤムチャ)の話を出したか と言えば、実はこれが茶道と親戚筋にあたるからなのです。むろん同じ物だと いうつもりはありませんが、「人間の先祖はサル」のように乱暴な言い方をす れば、飲茶と茶道は同じ源流を持っているということができるでしょう。 香港で一番の格式を持っている飲茶ということになると、多くの人は「陸羽茶 室」を挙げるでしょう。香港島側の中環(セントラル)の旧総督府から少し坂 を登ったところ(スタンレー街)にありますが、インド人の門番などもいて、 なかなか入りづらい店です。ボーイも多くは生粋の香港人のじいさんで広東語 以外は英語すら通じません。店の古い装飾には古きよき大英帝国のにおいがし みついています。とはいえ、日本語のメニューもありますし、値段も驚くほど ではありませんし、紙で注文する方式なので困ることはありません。

この店の名前になっている「陸羽」というのが、茶の開祖と呼ばれる伝説的人 物で、要するに茶の神様です。バイブルの「茶経」が成立したのが760年とい いますから。日本では奈良時代の末期に相当します。この「茶経」には茶の種 類から育て方、器具、淹れかたに至るまで非常に細かく書いてあって、一種の 完全マニュアルだということができます。

この陸羽が一般化した、茶を飲むという行為は、やがて中国の文化圏にあった 日本にも入ってきます。よく知られているように、茶道(侘茶)の開祖は千利 休ということになっています。これが安土桃山時代ですから、茶経から800年 くらい後ということになります。実は私はこの千利休なる人間は実に胡散臭い やつだと思っています。あまり教養がなかったと思われる秀吉に取り入って茶 道を完成したのもそうですが、本来、一種の娯楽であった行為を、わざわざ仏 教を持ち出して、難解で禁欲的な行為に変えた張本人だからです。

歯科医学の世界でも、簡単なことをこむずかしくもったいをつけて横文字で説 明し、その世界の権威と並んで写真をとって来てはハクをつけようとする輩の 一人や二人、すぐに思い浮かぶのではないでしょうか。まあ、一種の詐欺師だ ということができるでしょう。第一、名前を見てください「陸羽」→「りくう」 →「利休」、ね。まあこの辺の感覚は「豊田商事」とも通じる詐欺師的なにお いがします。

飲茶と茶道が同じ源流を持っていることは、その用語からもわかります。飲茶 をするときに焼売や餃子などの軽食やタピオカ、杏仁豆腐などのデザートを食 べるわけですが、これらのものを総称して「点心」(広東語ではディンサム) と言います。これは仏教用語で正式な食事の前に食べる簡単な食事、ないしは 昼食のことで、茶道で出される茶菓子もまた点心と言います。

要するに、茶道とは形を変えた飲茶の一種なのです。しかしそれにしてはあの 堅苦しさはどうでしょう。片やわんわんいう喧騒の中での享楽的な軽食、片や 苔むした庵に端座して儀式的に苦い抹茶を飲むのです。これを考える時、私は 利休の詐欺師的体質もさりながら、堅苦しい儀式が大好きな日本人の体質を思 うのです。要するに飲茶は日本では受け入れられず、茶道なら受け入れられる のです。

そう思って見ると、日本にはなんと多くの「道」があるかにいまさらながら驚 かされます。そもそも「道」(タオ)というのは老子が言い出した宇宙の真理 のような概念ですが、日本では、なにかひとつの事に対して究極に集中すると きに「道」がつくようです。いわく「野球道」いわく「珈琲道」など、新しく できる「道」も枚挙にいとまがありません。そして必ず最後は禅を持ち出すの です。人を殺す技であった「剣法」が「剣道」になると、山岡鉄舟のような人 物が出て「剣禅一味」と言い出すのです。これもその下敷として「茶禅一致」 があるのを忘れてはいけません。

このパターンのものは柔術が柔道、書法が書道、空手が空手道、生け花が華道 というあんばいにいくらでもあります。ところが「道」の発祥地の中国語では この種類のものは「拳法」のようにすべて「法」です。しかし、民間信仰にい まだに道教は根強く残っていますから「道」の概念がなくなったわけではあり ません。要するに中国人の意識ではこの種の技芸を宗教的な自己完成の行とし てとらえることは全くないことがわかります。

五煎目

もう話がどの辺に行こうとしているか自分でもわからないのですが、要するに 私は東京でお茶をおいしいと思ったことがなく、それとは無関係に中国趣味に 傾倒していきました。しかし、中国茶についてはさらにおいしいとは思いませ んでしたので、この分野に特別な関心を持つことはありませんでした。一方、 中華料理のほうにはどんどん傾倒して、このツケがついに胆嚢炎という形で回 ってきたのはご存知の通りです。

20台の後半に、昔は大嫌いだった電気関係の趣味を始めて、やがて電子工作、 ハムと来てついに30歳の頃コンピューターの世界に足を踏み入れるようになり ました。これも8ビット、16ビット、32ビットと来て自作に手を染めるように なり、この関係からパーツの生産国である台湾に興味を持ち、5年程前に DOS/Vマガジンが主催する台湾PC業界視察ツアーというものに応募して招待さ れました。これは面白い体験がいろいろあったのですが、これを書き始めると さらに話がそれるのでやめますが、このツアーで感銘を受けたのがお茶のおい しさだったのです。

むこうは「烏龍茶」だと言うのですが、まずその外観からして私が知っている 烏龍茶と違います。色がよくある焦げ茶色でなく淡黄色、ないしは黄金色なの です。また、香りもいわゆる烏龍茶の香りではなくジャスミンとも違う芳香が ありますので、私はこれは花茶の一種だと断じてこのツアーは終わったのです が、お茶をおいしく感じた事自体が久しぶりだったのです。たぶんこのお茶に は宇治茶と共通の要素が含まれていたのだと思います。

やっとおいしいと思えるお茶に出会ったと思ったら、急に体調が悪くなってし まいました。私は父親を20歳の時に亡くしているのですが、その発端は父が47 歳の時に患った胃潰瘍でした。これを手術した後、血清肝炎から肝硬変となっ たわけですが、後で聞くと最初の胃潰瘍もどうやら胃癌だったようです。

私もほぼその年齢にさしかかっているし、症状が胃潰瘍そのものだったので 「これはついに来たか」と内心覚悟するものがありました。その後いろいろ調 べたら、結局これは胆嚢炎だったわけですが、めぐり合わせが悪いというので しょうか、こじれにこじれて、結局、胆嚢と総胆管の大部分を切除して肝臓か らほとんど直接に空腸に吻合する大手術となってしまいました。

煙草は40歳を機にやめてしまいましたし、酒もビール1本程度なのでやめても なんの苦もありません。しかし、ものが胆嚢だけに脂肪分を多く含む食事は禁 止というのが常識です。学生時代に買った「内科必携」にも胆嚢炎の原因とし て「支那料理」などと書いてあるではないですか。市川病院で主治医の正村先 生(現内科助教授)におそるおそる聞いたら「手術後の食事制限はありません」 とのことでした。実際、中華関係を禁止されたら、私のこれからの人生は限り なく灰色に近いものになってしまいます。

手術後もイレウスを併発したり、ドレーン撤去後に化膿したりして、結局発症 から退院まで4ヶ月もかかってしまいました。そして入院期間中はほとんど絶 食状態でした。市川病院のベッドで脳裏に浮かぶのは中華のスープです。 ああーっ!香港の粥麺店で澄んだスープをズズッと・・・と、涙にかきくれて いたのです(おおげさな)。よーし、退院したら絶対に行くぞ!と固く誓った のでした。

退院して3ヶ月経って、やっと体調も戻り(体重も10Kgも減ったのにすぐ戻り ました。中華恐るべし!)量も食べられるようになったので、入院中すっかり お世話になった家内の慰労を兼ねて台北に旅行しました。

実は、これこそが中国茶の世界に足を踏み入れるきっかけだったのです。皆様 大変長らくお待たせしました(誰も待ってないって)。やっと、ここからが本 題になります。要するにこの文章は私がいかに中国茶と出会ったか、という話 で、できれば皆様とこの楽しみを分け合いたいという趣旨で書き始めたものだ ったのです。ちなみに武夷山というのは福建省にある山(山脈)の名前で、一 般によく知られている鉄観音種の故郷であり、軍隊が守っているという逸話で 有名な大紅袍という銘柄の産地です。いやー実に長い前置きでした。

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六煎目

台湾に行かれた方はよくご存知だと思いますが、台湾では近年「茶藝」という ものがたいへん盛んです。茶道と飲茶の中間程度だと思えばそう間違いはあり ません。台北の街のあちこちに茶藝館というものがあって、自分で淹れてもい いし、茶道の亭主のように一人が客に淹れてくれる場合もあります。私が行っ たのは観光客相手の茶藝館だったので茶葉を売りつけることが最終目的ではあ りましたが、それでも淹れ方を懇切丁寧に教えてくれるし、ここで出される茶 がまた実においしかったのです。

ホテル(圓山大飯店)の部屋のティーバッグの茶もおいしいし、はては土産物 屋で待っている時にちょっとくれた(むろんただで)紙コップのお茶までがば かにおいしいのです。ここに至ってやっと私はこの黄金色の芳香のあるお茶こ そが台湾の烏龍茶であることを理解したのです。

ほとんどの日本人は「ウーロン茶」と言えば、ペットボトルに入っている焦げ 茶色の液体を連想されるのではないでしょうか。そしてほとんどの場合、これ を冷やした状態で飲むか、下戸の人がウイスキーの代わりにオンザロックとい うのが定番なのではないでしょうか。私も、いろいろ経由した後の今なら、あ れはあれでたしかにウーロン茶(意識的にカタカナで書いています)だし、そ れほど悪いものでもないと言えます。ただ、最初にあれをその人の烏龍茶の定 義にしてしまうのはいかにも不幸なことだと思います。

中国茶への蒙を啓くきっかけは、私の場合台湾産の烏龍茶でした。そして、こ れは基本的な味が、私のものさしである宇治茶の味に近いことが最大の原因で した。このように、まず自分がおいしいと思える、つまり日本茶の味に近いも

のから入るのが一番いいと思うのです。これもおいしい、あ、これもおいしい、 と、そこから徐々に世界が広がっていくからです。

烏龍茶というのは本来は品種の名前ですが、現在は処理の仕方による分類の一 種と考えてもいいかもしれません。ですから、それこそ宇治でも静岡でもウー ロン茶を作ることはできます。ですから台湾産の烏龍茶と「福建省一級茶葉使 用」のサントリーウーロン茶が違うのは、岡山産のマスカットと山梨産の巨砲 が違うほど当然のことなのです。とりあえず、見た目の違いは台湾産の茶葉は 緑がかっていて丸まっていることです。汚い言い方をすれば直径5mm程度の丸 めたハナクソ、という体裁です。これに対して大陸産の烏龍茶の多くは濃い焦 げ茶色で細長く捩れているのが普通です。淹れた(泡茶というのですが)液体 の色も茶葉の色に応じて違っています。

今回は写真もつけましょう。(日本放送出版協会、2001.1.1発行、「NHK趣 味悠々 中国茶の楽しみ」より引用、左が台湾産、右が大陸産)

七煎目

前回書いたように烏龍茶という名前は本来は茶の木の品種を示していましたが、 現在は半発酵茶を漠然とさす通称のようになってしまっています。ですから 「これが烏龍茶だ」という明確なものはないというのが現状です。前回つけた 写真も大陸産のものは烏龍茶ではなく、正確には「武夷山巌茶」と言いますが、 大陸産の半発酵茶の代表として示しました。

では中国茶はどのように分類されるかというと、通常はその製法(発酵の有無) で黒、紅、青、緑、黄、白と色で表します。さらに産地と、品種、収穫した季 節を付加することもあります。また、いい悪いを表す等級もあります。これら を店によって色々に表現するので非常にわかりにくい分類と言えるでしょう。

まず、最初の色分けですが、日本人としては青だけで充分でしょう(こんなこ と言い切っていいのかな)。一見、「緑茶は必要だろう」と思われる方も多い と思いますし、実際中国で最も多く飲まれているのはこの緑茶なのです。しか し有名な龍井(ロンジン)の緑茶を飲んでみても、緑茶だけを飲んでいる日本 人には、製法が近すぎておいしく感じないと思います。ここらへんが以前に書 いた「五感のものさし」の話と矛盾するようですが事実です。例えて言えばハ リウッドの映画には感動できてもアジアの映画にはいまいち感動できないよう なものですか。うーむ、ちょっと違うなあ・・・。ま、そんなもんです。まあ、 その場に応じて都合がいいように学説が変わってしまうのは先生方もおなじみ の展開だと思いますので。

黒茶は完全発酵茶で、飲茶の時にポーレイを飲めば充分です(本当に言い切っ ていいのか)。紅茶は祁門紅茶(キームン)だけ押さえておけば後はいわゆる 普通の紅茶の方がはるかにましです(本当に・・・以下略)。黄、白はあまり 手に入らないので、珍味という位置付けでOKでしょう(・・・)。 というわけで青茶です。ものすごく強引な展開ですが、まあこれを読んでいる 専門家もいないでしょうからご容赦を願っておきます。。

青茶というのは要するに半発酵茶です。発酵のしかたによる分類を表にすると こうなります。

無発酵:緑茶
弱発酵:白茶
弱後発酵:黄茶
半発酵:青茶
完全発酵;紅茶
完全後発酵:黒茶

ここでいう発酵というのは、植物の葉をちぎって置いておくと、葉の内部の酵 素が酸化反応を起こして葉の色が茶色に変わる、あの変化のことです。この反 応を起こさせないためには酵素の働きを止めてしまえばいいわけで、それには 熱を加えればいいのです。日本茶の場合は茶葉を摘んでただちに「蒸す」こと で発酵を止めます。中国茶の場合はほとんどが「煎る」ことで発酵を止めてい ます。発酵をどの段階で止めるかによっていろいろなバリエーションができま すから、中国茶の大部分は青茶だと言い切ってもそれほどまちがいではありま せん。

発酵を止めた後、茶の出をよくするために「揉む」という作業が必要になりま す。この揉み方で茶葉の形が変わってきます。台湾産の烏龍茶の色が緑がかっ ていたのは発酵を浅めで止めたためで、葉が丸まっていたのは、この「揉捻」 を念入りに行ったからだということだったのです。一方、完全に発酵して紅茶 の状態になったものを乾燥せず、さらに人為的に発酵させたものがポーレイだっ たわけで、全く発酵させないで緑色を保つことに留意している日本茶と対極の 位置にあるものと言えるでしょう。

大豆をそのままゆでて食べる枝豆が日本茶だとすると、これを完全に発酵させ て食べる味噌がポーレイ茶だと言えるかもしれまぜん。すると青茶は納豆とい うことになり、西日本出身の私としてはあまりうれしくないのですが。

というわけで青茶です。できれば皆さんにも中国茶の世界を体験していただき たいのですが、膨大な広がりを持っている青茶の中で押さえておくのは、やは り、まず烏龍茶でしょう。これについてはもう台湾産に決めてしまいましょう (いいのか?)。台湾産の烏龍茶は主に中部の山岳地帯で作られています。一 番のブランドは「凍頂烏龍茶」というものですが、最近地味が痩せて味が落ち てきたそうです。そこで、そこよりさらに高い場所で作られる「高山烏龍茶」 の方が最近ではいいようです。また阿里山で作られる「阿里山烏龍茶」は甘い 香りがとてもおいしく、これが今一番高価な銘柄だと思います。

とにかくこれを一度飲んでみてください。多くの人が言っているように「これ が本当の烏龍茶の味とすると、今までのウーロン茶は、あれはなんだったのか」 という思いをされるに違いありません。これは、ちょっと味や香りが違うとい うレベルでなく、煎茶と紅茶のように全く別の種類と思われるに違いありませ ん。できれば淹れ方も工夫(功夫)茶のスタイルで味わって見てください。ぐ い呑みくらいの茶杯で飲むのをこう呼ぶのですが、味が歴然と違うのには驚か されます。急須もできるだけ小さい物が望ましく、私は最初は「中国茶雑学ノ ート」という本の薦めに従って磁器の醤油さしを使っていました。これにデミ タスカップで充分に用は足せます。

小さな急須(茶壷)に多目の茶葉と沸騰した湯を入れて、10〜30秒くらいした ら一旦全部違う容器(茶海)に出して、これから茶杯に注いで飲む、というや りかたさえ守れば道具はなんでもいいと思います。日本茶のように少量の茶葉 で濃く出すというやり方から見ると、一番違うのは茶葉の量だと思います。こ の道に迷い込んでから(中国語でマニアのことは「迷」というのです)、非常 に大量の茶葉のカスが出るようになりました。いい葉ほど膨張率が大きいので、 小さい急須とはいえ、蓋が持ち上がるほどになります。まあ、何回も出るので、 飲めるトータル量は日本茶より多いかもしれません。

添付写真は下記より引用加工しました。台湾烏龍茶の色を見てください。 http://www.kinto.co.jp/tea/others/style_kufu.html

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八煎目

「台湾の烏龍茶がおいしいのはわかったけれど、どこへ行けば売ってるの?」 という話になります。台湾ですっかりはまってしまった私が一番苦労したのが これだったのです。最初は、まず売っていそうなところにすべて行ってみる、 次に電話をかける、インターネットで検索する、という按配に半年くらいは手 当たり次第にそれらしいものを買っては飲んでみるという試行錯誤を繰り返し た結果、日本橋付近からどこに行けば台湾の烏龍茶を買えるかについて私なり の結論を得ました(おおげさな)。

日本橋三越地下の食品売り場に健康食品のコーナーがありますが、ここに中国 茶を売っています。やや高めですがここで100g3000円くらいの「凍頂烏龍茶」 を買えば、そうはずれはないでしょう。高島屋には台湾産はあまりありません。 他にも売っているところはありますが、強くお勧めする店を2つ紹介しておき ます。

まずは台湾茶の専門店で、芝大門の「華泰茗茶」です。 場所は第一京浜の大門交差点から一本西側の道の「大門アーバニスト」という ビルの一階にあります。バイクで行けば人形町から7〜8分という近さ(おま えだけだって)です。一見して非常に格調の高そうな店ですが、意外にリーズ ナブルな価格帯の台湾茶が揃っています。ちょっとしたお菓子のお茶うけと希 望のお茶のセットで400円というティータイムサービスもあります。茶道具や 通信販売もあります。

〒105-0012 東京都港区芝大門2−3−6大門アーバニスト102
TEL:03-5472-6608   FAX:03-5472-7762
http://www.chinatea.co.jp

もう一店は意外と思われるかもしれませんが御徒町の「多慶屋」です。安売り のイメージが強い多慶屋ですが、アジア方面には一定の見識を持っていると思 います。特に中国茶方面にはなかなかの曲者バイヤーがいると見ました。この 多慶屋が直接台湾から輸入している袋入りの「烏龍茶」は180gで750円という 求めやすい価格で、味は3000円クラスのものとそれほど違いません。「阿里山 烏龍茶」は100gで1500円ですが、ちょっと香りの甘さが足りないとは思うもの のこのクラスの相場の半額以下であることは間違いありません。まずはどんど ん飲んで台湾茶に対する民度を上げるためには最適だと思います。

烏龍茶については台湾と決めてしまいましたが、台湾茶でもう一点、「文山包 種茶」はぜひ飲んでみてください。これは台北の東にある木柵地区で多く作ら れるもので「坪林清茶」ともいいます。これは青茶ですが、葉の形態(細長く 尖っています)も味もかなり緑茶に近いもので、花の香りがするのが特徴的で す。私の経験では、日本人が初めて飲む中国茶として最もおいしく感じられる 茶ではないかと思います。説明しなければ中国茶とは思わず、皆一様に「おい しいお茶ですね」と言うからです。やや高価(100g5000円程度)なのと、あま り濃く出ないので価値のわからんヤツに飲ませるのはちと惜しいのですが。前 述の三越や華泰茗茶にも売っています。

九煎目

烏龍茶については台湾、というのが私の結論だったわけですが、青茶のもう一 方の雄である鉄観音については安渓と決めつけてしまいましょう。烏龍茶の台 湾は異論もあるかもしれませんが、安渓の鉄観音についてはあまり異論は出な いでしょう。というのも、そもそもこの鉄観音という品種はこの安渓が原産地 だからです。武夷山というのは福建省の北西部の江西省との境の200kmくらい にわたる山脈を意味するのですが、安渓というのはこの武夷山(脈)から台湾 海峡に面した泉州市に向かって下る青江という川の周辺を言います。(第10回 目に添付した地図を見てください)武夷山は後述の巌茶で有名なので、その南 にあたるところから安渓のことを「南岩」と言います。ここにある観音岩に生 えていたとかいう話です。というわけで、専門店で「南岩鐡観音」の特級あた りを買えばいいのです。

鉄観音も、一時の痩せるというブーム以来、半発酵茶の代名詞のようなところ があります。実際のところ、内容が全く同じものが一方では烏龍茶、もう一方 では鉄観音といって売られているのはそう珍しいことではありません。「鉄観 音」の説明として「ウーロン茶の一種」という説明すらあります。ここまでお 読みいただいた皆様にはすでにおわかりのように、烏龍茶も鉄観音茶も共に半 発酵茶(青茶)の種類で、茶の品種が違うのです。どちらかといえば烏龍茶は 日本茶に近く、鉄観音は紅茶に近いかもしれません。あくまでも、どちらかと いえば、という乱暴な分類ですが。

鉄観音は安渓で決まりましたが、一口に安渓の鉄観音と言ってもこれまためっ たやたらにたくさんあるのです。そして、この鉄観音は含んでいる香りにバリ エーションがたくさんあるのが特徴です。従って、同じ店で同じ銘柄を買って も違う味だったりします。香りは果実とかナッツとか表されるもので、これを おいしく感ずるようになったら中国茶のマニアになりかけていると言ってもい いと思います。

「で、安渓の鉄観音はどこで買えるの?」という話になります。その名前がつ いているというだけだったら、およそ中国物産を売っている店ならどこでもあ ります。しかし、私は言い切ってしまいますが、ああいう店の缶入りや箱入り の茶はすべてくずです。買う価値は全くありません。あれなら大手のスーパー で売っているものの方がかなりましです。実際、私はダイエー系の店で売って いる「楼蘭」などは結構好きで、北京で買ってきた茉莉毛尖(ジャスミン)と ブレンドして楽しんでいます。

これまた日本橋から、という前提で2店をお薦めします。まず第一は台湾茶が あまりない高島屋です。ここには横浜中華街の「源豊行」が入っています。こ こで売っている袋入りの「安渓鉄観音」を買ってください。それほどいいもの ではありませんが、鉄観音独特の香りと味はよくわかると思います。台湾産の 鉄観音(これも悪くない)も同じ包装で売っていますから間違えないよう注意 してください。横浜の本店に比べると同じ商品でも高くなっていますが、驚く ほどでもありませんから前述の多慶屋で烏龍茶、ここで鉄観音を買って大量に 消費することで味のおいしさというものが次第にわかってくるようになります。 また、この店の並びにあるコーヒー豆を量り売りしているガラスケースにも南 岩鉄観音のかなりいいクラスが置いてあります。

で、もう一店はどこかというと、これまた意外に「肉のハナマサ」で、ここは 江戸川区平井が本店なのですが、最近秋葉原、神田、日本橋に次々に支店を出 しています。ハナマサも中国にはかなり強く、冷凍の点心類は営業用ですから、 意外なところでお目にかかります。最近では博多ラーメンの「築地ふくちゃん」 の「うまかもん定食」にここのちまきを使っていました。なんか、ものすごく 微妙な(しょうもない)情報でしたが。

ハナマサで売っている大きな缶入りの「極品鐡観音」は200gで2000円くらいで すが、これは人民共和国製の缶入りがことごとく「ダマシ」であるなかで、私 が知る中では非常に品質のいいものです。「極品」の名に値するかどうかはわ かりませんが、かなりいいものであることは確かでしょう。私はこれを半信半 疑で試して「あたり」だったので、翌日もう一缶買っておきました。もう一度 見たときはすでに価格が500円くらい上がっていました。ちなみに同じ物を前 述の「源豊行」では4000円で売っています。

十煎目

「極品」という言葉が出たので、茶葉のクラスについて触れておきましょう。 この文章の途中で「福建省一級茶葉使用」という製品の話が出ました。それと 知りつつCMを作っている(現在はこのように表示されていない)のは、やや 悪質だと思うのですが「一級」というのは「普及品」という程度の意味で、確 かに人民共和国では出荷した製品に級が書いてあることもありますが、前述し たように、箱や缶に入った大陸産のものは「だまされてもともと」と思って買 ったほうがいいので、この「一級」にはなんの価値もありません。

専門店の茶葉で一番いいものには「極品」という名前がつくのが普通です。こ れに次ぐものには「特級」という名前が付き、それ以外には級はつかないのが 普通です。あえて付けるなら次が「優品」で、最後が「一級」となります。

観光客相手のところは別にして、中国茶の専門店では、非常に明確に品質は価 格と正比例します。お茶の単位は「両」です。1両が37.5gで、8両が300g、 16両を1斤といい約600gです。専門店での包装はこの単位であることが多く、 現在の相場なら「いいものは1両1000円から」と言ってもいいかもしれません。 横浜中華街の専門店では多くは100gと30gの包装で売っていますので、この基 準に従えば100gが3000円くらいのものを買えば、まずそれほどのはずれはない と思います。「極品」とついているものなら、まず1両3000円、すなわち100g 1万円は覚悟して臨む必要があるでしょう。

こういう店に入って壁にずらっと並んだ缶を見ていると、たいがい店の人が 「烏龍茶ですか?」と聞いてきますので「大陸の青茶で100gが3000円くらいの ものを見せてもらえますか」と聞くと、一瞬「お、できるな」という表情になっ て扱いが変わります。もっとも、そこから先は多少の理論武装はしなければい けませんが。

こういう店で扱いを変えてもらうのは簡単です。「巌茶(がんちゃ、岩茶とも 書く)を見せてください」と言えばいいのです。巌茶とは「武夷山巌茶」のこ とで、前述した武夷山の岩に生える茶から取れる希少種で、色々なバリエーシ ョンがあるのが特徴です。その味や香り、あるいは生える岩の形から「肉桂」 「白鶏冠」「黄観音」「毛蟹」「水金亀」などの名前がついています。私はや はり根が貧乏人なのか、この巌茶の中では一番求めやすい「肉桂」が一番口に あうようです。と言っても、次回に書く「緑苑」のお試しサンプルを10種類く らい飲んでみただけで、明確な差というものが認識できるほどの量ではないし、 その能力もないのですが。

そして、この巌茶のなかで、最も珍重されるのが「大紅袍」なのです。昔は皇 帝しか飲めなかったとか、軍隊が守っているとか4本しかないとか様々な伝説 があります。NHK教育の「中国茶の楽しみ」というシリーズで実際に見たと ころではそれほどおおげさなものではなかったようですが、年間2kgしかとれ ないので100gで数十万円という話です。

まあ「大紅袍」は話だけとして、「武夷巌茶はどこで買えるか」という話にな ると、さすがに日本橋近辺で買うのは無理になってきます。むろんデパートに はないわけではないですが、なにしろ単価が高いですから、買ってためしに飲 んで見るのはちょっと冒険なのです。

そこで私がお薦めするのは横浜中華街の「緑苑」です。ここは高級大陸茶の専 門店としては私の知る唯一の店です(実は目黒の「岩茶房」にはまだ行ったこ とがないのです)。ちょっと味をみるために5gずつ6種類くらい入ったパッケー ジがありますので、これを買ってきて気に入ったものを買うのがいいでしょう。 その場合も30gのパッケージがありますから1000円くらいで武夷巌茶を経験で きます。

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中華街には西門の前に台湾の大手「天仁茗茶」があります。ここは大陸の会社 と違って、袋詰や箱入りをいきなり買ってもだまされる心配がないので安心で す。しかし、私見ですが、ここの2000円クラスの「凍頂烏龍茶」よりは多慶屋 の750円の「烏龍茶」の方が品質がいいような気がします。その隣の店にも高 山茶や金萱茶、文山包種茶など、台湾系の茶を多く売っています。ただちょっ と高めかな、という気がします。

中華街では他に「伍福壽」と「悟空」をチェックしましょう。「伍福壽」はこ この店主がこだわって買い付けてきたという雰囲気のお茶が並んでいます。道 具もいろいろ手に入るでしょう。「悟空」は、ややマスプロな感じなのですが (支店も多い)銘柄を非常にたくさん揃えているので、名前だけは知っている が飲んだことがないという銘柄を試してみるのに向いています。

こうして、道はついに武夷山に達したわけです。

清香

沢木耕太郎の「深夜特急」は、猿岩石のユーラシア大陸横断旅行のタネ本とも 呼ぶべき本で、インドを放浪していた青年が、ある日急に思い立って香港から ロンドンまでバス旅行をする話です。最後はヨーロッパの西端であるポルトガ ルの海岸で旅の終わりを自分に告げるわけですが、その中で「Cの国からTの 国を経てまたCの国に」という描写があります。この意味は、旅の間いろんな 場所で飲んだ茶の名称が「茶(Cha)」から「Tea」「Tee」を経由してまた 「Cha」になった」という意味です。これについては、私が参考書にしている 「中国茶 雑学ノート」※にも最初に触れられています。

※       「中国茶 雑学ノート」
成田 重行・工藤 佳治 著
ダイヤモンド社 発行

シルクロードは絹の道であると同時に茶の道です。私の中国茶体験は、東に伸 びた茶の道を源流に遡る旅でした。文字通り茶道の宇治茶から始まり、静岡を 経て台湾に渡りました。台湾は国民党支配の下では国語として北京語を強制し ていますが、元々この地で使われているのは対岸の福建の[門+虫]南(ビンナ ン)語が変化したものです。これを台湾語とすると、台湾語で茶は「テー」で す。

台湾海峡を渡り、福建省の武夷山への道も茶は「テー」です。深夜特急に倣っ てて言うと、私の道はCからTへの旅でした。子供の頃あれほど嫌っていた茶 とはどうやら一生のつきあいになりそうな気がしています。亡き祖母はどのよ うに思っているのでしょうか。

3週間にわたって中身のない文章をだらだらと垂れ流してきました。まだ触れ たい銘柄がいくつかあるのですが、すでに冗長に過ぎています。まだ茶の清香 が聞香杯に残っているうちに終わりにしたいと思います。おつきあいいただき ましてありがとうございました。

添付写真:北京前門あたりでワンタンを食しながら         北村 家康

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後片付け

「そこまで言うのなら飲んでみよう」という方のために店と代表的銘柄を紹介 します。最近はブームですから、これ以外にも専門店はたくさんあるようです。 また、お台場のショッピングモールや新宿高島屋地下などにも中国茶の売店が あります。また、普通のスーパーマーケットでもトワイニング紅茶の「片岡物 産」が英記茶荘のブランドで袋入りの中国茶を売っています。先にも書いたよ うに中国物産店で人民共和国製のおみやげを買ってだまされるよりはるかにい いと思います。

○専門店
華泰茗茶    港区芝大門2-3-6-102
恒記茶荘     中央区築地3-13-5
ChinaChaClub  港区三田2-7-28
遊茶      渋谷区神宮前5-8-5-100
茶藝樂園    港区東麻布2-32-15
明山茶業    新宿区新宿1-25-11
窈艶      渋谷区本町6-21-4
岩茶房     目黒区下目黒3-5-3
中国茶館    豊島区西池袋1-35-2
英記茶荘    渋谷区神泉町2-8
悟空      横浜市中区山下町81
緑苑      横浜市中区山下町220
伍福壽     横浜市中区山下町192
天仁茗茶    横浜市中区山下町232
○代表的銘柄と産地
1.緑茶
 龍井(浙江省)
 碧螺春(江蘇省)
 黄山毛峰(安徽省)
2.白茶
 白毫銀針(福建省)
 寿眉(福建省)
3.黄茶
 君山銀針(湖南省)
 霍山黄芽(安徽省)
4.紅茶
 祁門(安徽省)
 正山正種(福建省)
5.黒茶
 雲南普[シ耳](雲南省)
 六堡(広東省)
6.花茶
 茉莉(ジャスミン)
 桂花(金木犀)
 [王攵]瑰(バラ/ハマナス)
7.青茶
 A.福建省
  安渓鉄観音
  安渓黄金桂
  水仙
  武夷山巌茶
 B.広東省
  鳳凰単[木叢]
 C.台湾
  凍頂烏龍
  高山烏龍
  阿里山烏龍
  文山包種
  東方美人
  木柵鉄観音

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